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本編
最後の瞬間
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母の入院する病院に入ると、もう夜ということもあって静まりかえっていた。
母の部屋に向かうと、廊下には親戚と姉が座っていた。遠くからも僕が来たことがわかったようで、小声で名前を呼ばれた。
「思ったより早かったね。良かった。」
姉は、平常心を保とうと必死だった。
「母ちゃんは?」
「今、主治医が診察してる。」
「そうなんだ。僕、会えるのかな?」
そんな話をしていたら、診察を終えた医師が我々のところへやってきた。
「時間の問題かと。 ここからは皆さん、患者さんの近くで声をかけてあげてください。耳は聞こえているはずです。」
そう言われ、全員で部屋に入った。
いろいろな装置に繋がれ、口にもマスクをはめられた母がそこに横たわっていた。
彼女の人生を考えると、最後のこの姿にいたたまれなくなった。
「僕は最後で良いので、皆さん、母に声をかけてあげてください!」
ふり絞った言葉だった。
一人一人が、母にエールを送りながら、昔話をしていた。
ちょうど、姉が母に声をかけた時だった。母の目が少し開いたように見えた。
「姉さん、母ちゃん、目が開いた!」
「え?本当?」
「本当だよ、ちょっとだけど。だから、手!!! 手を握って!」
姉はすでに目に涙を一杯に浮かべていた。
姉が声にならない声で母に語り掛けていた。
そして、僕の番だ。
「母ちゃん、修だよ。帰ってきたよ! こ~んないろんなモノに繋がっちゃって~。早く良くなって、家に帰えるよ!」
母の手の甲に僕の手を重ねて、話しかけてみた。すると・・・母の口の口角がマスク越しでも上がったように思えた。そこで、部屋に行った看護師に
「母が何か言いたそうなんです。マスクを一瞬でも外せませんか?」
僕が懇願すると看護師も、母の顔の表情を読み取ったようで、マスクを外してくれた。
「母ちゃん、修だよ。何か言いたいの? ちゃんと聞いてるよ!ほら、何か言いたいことがあるなら、言って!」
切望するように母に語り掛けると母の口角がさらに上がった。
「修かい? 修がいるんだね。」
消えてしまいそうな囁きにも似た声だった。
「そうだよ。修だよ!」
「そっかそっか。」
老いてちょっとだけだみ声だった母の声がクリアな声に聞こえた。
「修、会いにきてくれてありがとうね。」
母はそう言って、笑っていた。
そして、母の脈が下がってきたことを察知した看護師が母の口にマスクを戻した。
その後も、姉と交代交代で母の手に触れながら、話しかけていった。
どれくらいの時間、そうしていたのだろう。
少しだけ、窓の外の空が明け始めた頃、母は旅立っていった。
『修、会いにきてくれてありがとうね。』
これが、母の最後の言葉だった。
一緒に住んでいた母から、“会いにきてくれて”というフレーズを言われて違和感しかなかったが、最後に伝えたかった言葉だったのだろうと自分を納得させていた。
母の部屋に向かうと、廊下には親戚と姉が座っていた。遠くからも僕が来たことがわかったようで、小声で名前を呼ばれた。
「思ったより早かったね。良かった。」
姉は、平常心を保とうと必死だった。
「母ちゃんは?」
「今、主治医が診察してる。」
「そうなんだ。僕、会えるのかな?」
そんな話をしていたら、診察を終えた医師が我々のところへやってきた。
「時間の問題かと。 ここからは皆さん、患者さんの近くで声をかけてあげてください。耳は聞こえているはずです。」
そう言われ、全員で部屋に入った。
いろいろな装置に繋がれ、口にもマスクをはめられた母がそこに横たわっていた。
彼女の人生を考えると、最後のこの姿にいたたまれなくなった。
「僕は最後で良いので、皆さん、母に声をかけてあげてください!」
ふり絞った言葉だった。
一人一人が、母にエールを送りながら、昔話をしていた。
ちょうど、姉が母に声をかけた時だった。母の目が少し開いたように見えた。
「姉さん、母ちゃん、目が開いた!」
「え?本当?」
「本当だよ、ちょっとだけど。だから、手!!! 手を握って!」
姉はすでに目に涙を一杯に浮かべていた。
姉が声にならない声で母に語り掛けていた。
そして、僕の番だ。
「母ちゃん、修だよ。帰ってきたよ! こ~んないろんなモノに繋がっちゃって~。早く良くなって、家に帰えるよ!」
母の手の甲に僕の手を重ねて、話しかけてみた。すると・・・母の口の口角がマスク越しでも上がったように思えた。そこで、部屋に行った看護師に
「母が何か言いたそうなんです。マスクを一瞬でも外せませんか?」
僕が懇願すると看護師も、母の顔の表情を読み取ったようで、マスクを外してくれた。
「母ちゃん、修だよ。何か言いたいの? ちゃんと聞いてるよ!ほら、何か言いたいことがあるなら、言って!」
切望するように母に語り掛けると母の口角がさらに上がった。
「修かい? 修がいるんだね。」
消えてしまいそうな囁きにも似た声だった。
「そうだよ。修だよ!」
「そっかそっか。」
老いてちょっとだけだみ声だった母の声がクリアな声に聞こえた。
「修、会いにきてくれてありがとうね。」
母はそう言って、笑っていた。
そして、母の脈が下がってきたことを察知した看護師が母の口にマスクを戻した。
その後も、姉と交代交代で母の手に触れながら、話しかけていった。
どれくらいの時間、そうしていたのだろう。
少しだけ、窓の外の空が明け始めた頃、母は旅立っていった。
『修、会いにきてくれてありがとうね。』
これが、母の最後の言葉だった。
一緒に住んでいた母から、“会いにきてくれて”というフレーズを言われて違和感しかなかったが、最後に伝えたかった言葉だったのだろうと自分を納得させていた。
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