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33・パターン5、近衛騎士⑧
しおりを挟むその場にいた全員の視線がリジーに集まる。
これほどまでに注目を集めることになるのも珍しい経験だなとリジーは思った。
少なくとも、学園生活ではあまり記憶にない。
なにせスペリアの様子がおかしいのなんていつものことで、皆それで慣れてしまって、スペリアの視線の先にいるリジーごと、ただの日常と化していたのだ。
「リジー?」
スペリアに名を呼ばれ、リジーはひょいと肩を竦めた。
「その魔道具、壊したのだってわざとじゃないんでしょ? たまにはそういうこともあるわよ」
物は壊れる。たまにはそういうこともある。
当たり前のことだ。
何でもないことのように言うリジーに、スペリアは珍しくぎゅっと不快そうに眉根を寄せた。
珍しい。リジーの言うことなら何でも肯定する男だと思っていたけれど、そうでもなかったようだ。
「そうは言うけどね、リジー。今回だけじゃないんだよ。君も知っているだろう。いい加減に彼の態度は目に余る。これで僕の騎士候補だって? しかも、僕が知らないとでも思っていたのか。この騎士候補はリジー、他でもない君に敵意だって向けていた」
もっとも、これまでの他の誰かと違って、それ以上何かする様子がなかったから、僕も何も言わないようにはしていたのだけどね。
スペリアの言うことはリジーもわかっている。
スペリアがいい加減に彼のことを鬱陶しく思い始めていたのも全部。
今回、この騎士がうっかり魔道具を壊したことだって、ただのきっかけで、きっと同じように近いうちに、スペリアは苛立ちを堪えきれなくなることがあったのかもしれない。
だけど。少なくとも今回、魔道具が壊れてリジーは少しだけすっきりしたのだ。
だからこれはただのお礼というか、気まぐれというか。
「そうね。でもそんなの今更じゃない。そもそも、そんな魔道具が壊れたぐらいで貴方、物凄く怒ってるみたいだけどスペリア。私、貴方に私のこと、撮っていいだなんて言ったことないんだけど」
言ってしまえばこれまでのこと、全て盗撮である。
「リジー」
指摘すると途端、スペリアはへにょと情けなく眉尻を下げる。とても面白い顔だけど、いつも通りと言えばいつも通り。どうやら怒りは霧散し始めたらしいと知る。
「私への敵意だって、貴方のことが好きだからでしょ。言うならば貴方の管轄じゃない。貴方が何とかしなさいよ」
「だから、今、僕は何とかしようと、」
「一方的に怒りをぶつけることが何とかするってことではないと思うけど」
なにせ先程までのスペリアはただひたすらに怒っていた。あれでは今までと同じように、この騎士を遠ざけて終わらせていたことだろう。
「たまにはそういう存在も、上手く使う努力をしてみたら?」
遠ざけるばかりではなく。
私が貴方を容認しているようにね。
告げたリジーをスペリアが、今度は感極まったような視線で眺めはじめる。
「リジー!」
この男は何か、そういう鳴き声の生き物か何かだろうか。
思うリジーの前でスペリアは、
「わかったよ」
先程までの怒りは何処へやら、すっかりいつも通り、自信満々に、何かわかったのかよくわからないけれどこくりとはっきり、頷いていた。
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