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29・パターン5、近衛騎士④
しおりを挟む騎士はリジーの元へなど来なかった。
そもそも子爵家の三男で、公爵家の生まれであるリジーとは身分差がある。学生同士の間のお友達でもなければ、忠臣からのご注進を伝えてきたりだとかする間柄でもない。
勿論、リジーは身分を気にするような人間ではないし、何を言われたって聞く耳ぐらい持っただろう。ただ、そこには望む、望まざる関係なく身分差が存在し、そうである以上、当たり前に考えて騎士がリジーへと何かを物申しに来たりなどできないのである。
つまり、まったく当然の話だった。
これまでの人達、とりわけ元平民だとかいう話の通じない女性がおかしかっただけなのだ。
ただ、騎士はリジーの所には来なかったけれど、その反面、スペリアへの思いは募るだけ募らせてしまったようで。
「スペリア様っ! あの、ぜひそれはどうぞ私に……」
などと、細々したことでも何でも、スペリアを手伝おうとし始めたようだった。
少しでも触れ合いたいのだろう。いじましいことだ。でかい図体の男がしている辺り、少しばかり気持ち悪いなとも思うけれど。
そうした頻度がどんどん増えていって、しまいにはリジーは、
「スペリア様!」
そんな騎士の声が聞こえる度、ああ、またかと思うようになってきていた。
またあの騎士が、スペリアに何か用事をねだっている。
「お手伝いしたいのです!」
とか言っているけれど、大きな犬が尻尾でも振っているかのようだとすら思う。
「申し訳ないけど、そんなにたくさんお願いできることなんてないよ」
そして段々と疎ましくなってきたのだろうか、否、あまりにしつこくて本当に頼めることが何もないのかもしれない、珍しくスペリアの声が少し尖り始めていた。
眉を寄せ、顔をしかめた表情さえ容易に想像できる声音だ。そしてスペリアにそんな風に答えられた騎士はきっと、今回もまた。
「そんなっ! スペリア様、私にどうかお情けを……っ!」
なんて情けなく嘆いて、おそらくはまた平伏でもしている。
はぁと聞こえてきた深いため息はスペリアのもの。
リジーが知る限りスペリアはあんな溜め息なんてつくような人物ではなかったかと思うのだけれど、これも最近では珍しくなくなってきているなと思う。
ちらとそちらに目をやると、珍しくスペリアはリジーを見ておらず、まるで虫けらでも見るかのような目で、床に這いつくばった騎士を眺めているようなのだった。
氷のごとき眼差しは、決してリジーに向けられることがない物で、スペリアはあんな表情も出来たのだなと思うと同時に、あの騎士、いつまで持つのだろう。リジーはぼんやりと、そう予想するばかりだった。
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