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19・パターン3、他国の公女⑦
しおりを挟む公女がぶるぶると体を震わせていた。
怒っているのだろう。大変に顔が怖い。元々きつい顔がまるで鬼のよう。魔獣か何かに変身しそうだなとリジーは思った。
公女が真っ赤に紅を塗りたくった唇を開く。その濃い色味もまた、性格を苛烈に見せる要因だろう。
「い、いい加減になさいませっ……! わたくしを何と心得ておりますの? あのドゥナラル公国の公女でしてよ? そのような侮辱を受けるいわれなどございませんっ」
「リジーだって君に侮辱されるいわれはないけど? 先に僕の大切なリジーを侮辱したのは君だよ? なぜ、同じ言葉を返されたからと言って、それほどの怒りを見せるんだい? 僕は君が言ったことをそのまま返しているだけだ。寛容なリジーは君の戯言など何も相手にしていなかった。人間としての器の大きさがよくわかる話だよね」
怒りも露わな公女に対して、あくまでもスペリアはずっと笑顔だ。恐ろしい。
口調も落ち着いていて、静か。所々に挟まるリジーへの称賛が、この上もなくスペリアらしかった。
あのドゥナラル公国。彼女の中で自分の祖国がどういう位置づけであるのかがとても疑問だった。
リジーの理解している認識とずれがあるとしか思えない。それは勿論、スペリアも気付いているのだろう。
「僕は寛容だから、器の小さい君にはその器に相応しい立場を用意してあげることにしたんだ。心配しなくてもいい、大丈夫だよ? 君の自慢のあのドゥナラル公国には、しっかり連絡を取ってあるからね!」
「? それはどういう……」
スペリアの言葉に、怒りを収めないままで、しかし流石に怪訝な顔で首を傾げた公女と同じく頭に疑問符を浮かべたリジーの前で、見知らぬ男が駆け寄ってくるのが見えた。男が、リジーやスペリア、そして公女を見て口を開く。
「ひ、公女様っ! 大変ですっ! 故国からっ!」
公女に向かっての言葉に、どうやら彼女の侍従か何かなのだと知る。
息を切らした男は、大変に焦った様子でまくし立てた。
「公女様の貴族籍を故国の家系簿から抜くというご連絡と、一切の権利の剝奪、また今後は支援も行わない旨、伝令が参りましたっ、私にも帰還命令が出ておりますっ」
「えっ?!」
つまり事実上の追放である。おまけに権利の剥奪と支援も行わないとは、それはいったいどこまでを指すのだろう。
まさかこのまま着の身着のままで放り出すとでもいうのだろうか。それは流石に。
ぎゅっと眉根を寄せるリジーに反して、スペリアは笑顔のままだった。
「はは。仕事が早いなぁ。公女様。君の自慢の君の祖国は、どうやら君を切り捨てることにしたようだよ?」
剰え声を立てて笑う。それだけでこの事態を引き起こしたのがスペリアであることがよく分かった。
「あ、貴方いったい何をっ……!」
リジーと同じことに思い至ったのだろう、さっきまであれほど強くだった公女が、今ではすっかり青ざめている。
どこか、怯えたような眼差しでスペリアを見た。
「何を、も何も……大したことなんてしてないよ? ただ僕はありのままを君の祖国に連絡しただけさ。君の言動全てを、余すことなく、ありのまま、ね」
リジーはその言葉を聞いて、おそらくその時に同時に、スペリアがいかに気分を害しているのかも伝えたのではないかと思った。
その先はドゥナラル公国の判断なのだろう。なにせ彼の国は小国で、宗主国たる帝国は、こういった言動を好まない傾向にある国なのだ。それだけで結果など明らかだった。
「安心するといい。帝国にも同じことを伝えてあるよ。属国の不始末をどう考えているのかって言う問い合わせと共にね」
それは先ほどの公女への伝令を思うと、納得できる事実だった。
むしろ生ぬるい処置ではないかとすら思う。
国を背負う者の責任。
国の名前を出すということは、そういうことに他ならなかった。
たぶん彼女の祖国は宗主国からも問い詰められたはずだ。そして責任を取る方法の一つとして彼女を切り捨てた。つまりほぼ間違いなく、彼女は着の身着のまま、このまま放りだされることになる。
彼女自慢の、あのドゥナラル公国によって。
「ああ、そうだ、君の滞在許可は、我が国でも出さないからそのつもりで。早急に国から立ち去って欲しい。行き先は……そうだなぁ、アレスイノかマシェレアなら、滞在できるんじゃないかな。両方とも共和国だから、他より緩いよ。どちらにも魔の森があるし、ギルド活動も盛んな国だ、冒険者にでもなれば生きていけるはずだ。 君、仮にも公女だったんだから、平民よりは魔力多いでしょ。それとも、魔法魔術をまともに使えなかったりするの? まさかね! 公女なんだからそんなはずないよね!」
そのまさかなのか、それともそういう問題ではないのか、公女はもう真っ青だった。公女を探しに来た侍従も彼女の隣で顔を青くしている。
小公国とはいえ仮にも一国の公女。これまでそんな立場に甘んじてきた公女が、突然国を放り出されて、まともに生きていけるとは思えない。たとえ魔法魔術が平民より使えたとしても、いきなり冒険者としてギルド活動で生計を立てることなど、この公女に出来るようには、リジーにはとても考えられず。
最後まで笑顔だったスペリアはそれ以上はもう何も言うでもなく、むしろ公女の存在など見えていないかのようにリジーへと振り返った。
「あれ? リジー、顔が青いよ? 珍しい表情だね、そんな顔も可愛い!」
いつも通りである。
だが、いつも通りであるからこそ、背筋が凍るほど怖かった。
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