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7・悪い人ではない
しおりを挟むなお、そうこうするうちにリジーはスペリアに慣れてしまった。
今では大抵無視である。
勿論、リジーだって色々と試みはしたのだ。
例えばスペリアに面と向かって罵倒を浴びせてみたり、嫌悪や侮蔑の視線を隠さずに突き付けてみたり。
しかし、帰ってきたのはうっとりとしているような笑みと、
「ああ……! リジーに罵倒されるとかご褒美かなぁ? 怒ってる顔も可愛いとか完璧すぎる! 嫌悪とか侮蔑の視線も堪らないっ!」
と言ったような、いつも通りの反応だったので、逆に怖くなって続けられなかった。
リジーの反応がそっけないせいもあるのかもしれないと思い至り、距離を詰めようと近づいてみた時には逃げられた。
逃げながらリジーから目は離していなかった。器用すぎてやっぱり怖かった。
同じことをしてみたら、リジーの気持ちが伝わるのでは? と、逆にスペリアを観察してみたこともあるのだが、当たり前に喜ばれたし、何より観察すればするほど気持ちの悪さが浮き彫りになり、見なければよかったと後悔した。
リジーの触れたものなら、チリ紙一つに至るまで全部保存しているだとか、本当にやめて欲しい。
しかも時折、取り出して眺め、うっとりしていた。ぞっと背筋が凍った。
本当にリジーが何をしても、かわいいだとか天使だとか素敵だとかしか言わないので、では何もしなければどうかと試してみても、結局見つめ続けられることに変わりはなかったし、何なら、
「新しいリジー……!」
と感極まったかのように喜んでいて、やっぱり気持ち悪かった。
あまりに天使だとかなんだとかいうので、例えばリジーが人を傷つけることをなんとも思わないようなとっても嫌な奴だったら……なんてことも考えてはみたのだけれど、流石にスペリアを幻滅させるためだけに他の誰かに何かをしたり、迷惑をかけたりだとかはできないなと諦めた。
たとえふりだとか、一時的に、だとかだとしても、良心の呵責に堪えられそうもなくて。
自分が、自分で思っていたよりもずっと人が良かったのだとわかって、なんだか情けない気持ちにさえなったのだけれど、これに関しては別にそれでいいとも思っている。
止むにやまれぬ事情でもあればまた別なのかもしれないけれど、少なくともこの件程度で、人をわざわざ傷つけるような人間になどリジーとしてもなりたくはなかったので。
自分はこんなに情けない、だとかいうことも、ついでに明かしてしまえと、独り言のようにスペリアがいる前で口にすると、流石にその時ばかりは、彼の、あのいつも浮ついたような浮足立ったような妙な興奮具合は鳴りを潜め、
「君はやっぱり素敵な女の子だね、リジー。そんな君だからこそ僕は、君が愛しくてならないんだ」
なんて、妙に静かな声で言われたりした。
「スペリア様……」
リジーはうっかりスペリアのことを見直しかけた。あれ、この人、実はそんなに悪い人ではないのでは……なんて血迷いかけた。
が、次の瞬間には、
「あああ~~~! これも初めて見るリジー! 弱ってるリジー可愛すぎるんだけど?! 僕をいったいどうしたいの! 天使! やっぱり天使! 神が僕に使わした御使いかな!?」
とか何とかをいつも通りのテンションで叫んでいるのを見るにつけ、やっぱりすんと気持ちが萎えるに至った。
そもそも初めから別にスペリアは悪い人でなどないのである。
ただ、物凄く気持ちが悪いだけで。悪い人なわけでは、決してないのだった。
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