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2・とりあえず無理
しおりを挟むリジーの浅い知識からすると、悪役令嬢と言えばあれだ、ヒロインに意地悪して攻略対象者から断罪される存在。そしてだいたい攻略対象者は悪役令嬢の婚約者であることが多いと聞いている。
つまり、リジーの場合は、あの、今も廊下から魔道具越しにリジーを眺め続ける気持ちの悪い男である。
あの男、あれでもこの国、アンセニース大王国の王太子なのだ。名をスペクリアス・アンセデニと言う。
「ぜひ、スピーと呼んでくれ!」
と、何やら間の抜けた呼び名を初対面時に願われたが、しばらくして彼の性癖を把握すると同時、絶対に呼んでやるものかとリジーは心に決めた。
それ以来、他の者と同じくスペリアと呼んでいる。
呼ぶ度にへにょと情けなく眉を下げて、大変不満そうな顔をしてくるのだが、そんなことリジーの知ったことではない。
どうせあの男は、リジーが己の名を呼んだという事実だけで喜べるのだから、それ以上など過分だろう。
そしてリジーはそんな王太子と幼少期より婚約を結ばされているリヒディル公爵家の長女。名前をロゼルティエと言った。リジーとはいわば愛称である。
友人や親しいものには、大抵、愛称で呼ばれていた。
明確に喜びを顔に表したリジーに、しかしヴィテアは申し訳なさそうに顔を歪める。
「でも、あの、ものすっごく申し上げにくいんですけど、リジー……」
「? どうしたの?」
もじもじと口ごもるのへ、リジーはきょとんと首を傾げた。
「ああ、リジー!! そのきょとん顔も可愛い~~~!!」
何やら廊下から奇声が聞こえてくるが無視だ、無視。
ちらと廊下に視線をやったヴィテアがますます言いづらそうにする。と、言うよりはこれは嫌そう、だろうか?
リジーの席はだいたい教室の真ん中の辺り、少し後ろの方で、廊下との距離は実はそれほど離れているわけではなく、二人の会話は聞き耳を立てているだろうスペリアには筒抜けであることだろう。だから言いづらいのかもしれないと思い当たったが、次のヴィテアの発言を聞いて、そういうことではなかったらしいと呆れかえった。
「ヒロイン、私なんですぅ~! だから断罪とか婚約破棄とかありえません……」
リジーの希望があまりに明白だったからだろう。ヴィテアは本当に物凄く申し訳なさそうだった。
言われたリジーはむっと顔をしかめる。
「ならあなた、今からヒロインになりなさいよ。あんなの喜んで差し上げるわ。私、頑張って貴方のこといじめるから」
「ええ?! 私もいやですよ! スペリア様なんて! リジーに変な事させたって、絶対に私が怒られるヤツじゃないですか! 無理なんですからいじめないでください~」
仮にもこの国の王太子に対して不敬極まりない発言だったが、話が聞こえていたのだろう他のクラスメイトが頷いている辺り、ある意味正しい感覚だった。件の王太子本人も、そんなことをいちいち咎めるほど狭量ではないからなおさらだ。
「そうだよ、リジー! 婚約は絶対破棄しないからね!」
当然、廊下からもスペリア本人の声が聞こえてくる。
悪役令嬢だって聞いて喜んだのに。
リジーは大きく溜め息を吐いた。もっとも初めから、教室なんかでしている話だ、誰も重要とはとらえていない。そうだとしても、儚い喜びだったなと思わざるを得なかった。
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