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XX-11・心当たり

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 イーフェと離れて、早く傍に戻りたい、逸る気持ちを抑え、どうしても俺でなければできない仕事だけを早急に熟していく。
 それでも落ちる溜め息は、どうしても堪えられなかった。
 悪い夢。
 そう言っていたイーフェの状態に心当たりがあった。
 否、あれだけ傍にいて他者からの魔術的干渉に気付かないわけがない。
 気付いてすぐに断ち切り、イーフェを揺さぶり起こしたのだけれど。
 イーフェは誰か・・と共鳴していたのだ。
 そして、その誰か・・の過去を夢に見た。
 悪い夢だ、と思うような過去を。
 あんな、身を割くような叫びを、上げざるを得ないような過去を。
 下腹部を……おそらくは子供の存在を。確認していた様子があるから、それに関連するような記憶であるはずだ。
 どれだけのショックを受けたことだろうか。
 ああ、そんな思い、イーフェには味わわせたくはなかったのに。
 そもそも、誰か・・なんて。空々しいにも程がある。心当たりは、ただ一つ。

「ナディ……」

 ナディリエ・コーデリニス侯爵子息。
 かつて俺の婚約者だった男だ。
 ナディは、思い出してみると、アレリディア嬢によく似ていた。
 容姿こそ、母親似らしいアレリディア嬢と違っているが、その性質とも言うべき部分は生き写しと言ってもいいのではないかと思う。
 少なくとも、報告を受けているアレリディア嬢の様子から察する限りは。
 自分を褒めたたえる言葉しか聞かず、他者に無関心で無神経、甘やかされたが故の傲慢さが覗く、自分の見たいものしか目に入れすらしない部分などそっくりだ。
 もっとも、ナディは能力的にはどうやら随分お粗末なようであるアレリディア嬢とは違って、実際優秀ではあったのだけれど。
 兄である現コーデリニス侯爵と似て、学業を含む頭脳面では学園でも上位に食い込むほど、選ぶ話題と傾向に目を瞑れば、マナーなど振る舞い等にも不足なく、魔法、魔術、剣術や体術に至るまで、大抵のものはそつなく熟していた。魔力すら俺よりも多かったはずだ。
 容易に他者を下に見て、自分が上位でなければ気が済まず、自分が気にかける価値がないと判断した者に対しては一切容赦をしなかったし、顧みることもなかったけれど、気に入っている者や物への扱いを見る限り、情けがないというわけでもない。
 人心掌握術にも長けていたように見えたし、元より身分は言うまでもなく、王子妃としてであるなら、おそらく、充分な人物であったのではないかと思う。
 特に俺は、健勝な兄がいて、ティネが生まれて以降は王位に就く予定などまるでなかった。
 何もなければきっと、即位などしていなかったはずだ。
 ならばこそ、立場としても、王子妃ぐらい・・・ならば問題など起こりようもないだろうと。
 ただし、俺との相性は初めからよくなかったのだけれど。

「過ぎたことだな……」

 否、過ぎたことの、はずだった。それなのに。
 溜め息を吐く。
 そもそも、人心掌握術やら、学業面やらはそう言えば怪しい部分があったのだとも思い至る。
 なぜならば彼は感応力に長けていたからだ。
 生まれつきなのかなんなのか、初めて出会った時から、彼は他者の表層の感情や思考を読み取るのが得意だった。
 あるいはあの性質は、そういった側面から培われた結果なのかもしれないが、俺がそれを好ましく思っていなかったのは間違いない。
 勿論、感応力の方ではなくて、他者を容易に舌に見る傲慢さの方をである。
 それでも俺が出来る範囲で彼を尊重していたはずだったのに。そんなものでは足りなかったのか、あるいは、俺自身の興味の在処を見透かされでもしたというのか。
 これ以上など、思い出したくもない。だけど。
 イーフェが、誰かと共鳴した。
 それも、なったばかりの子供を気にかけてしまうような悪い夢のような記憶過去を。
 イーフェにそういった方面での能力はそこまで強く出ていなかったはずだ、だけどナディならば。
 持ち前の感応力の応用で、共鳴など、容易だったはず。
 ただし、今のナディの状態・・・・・・・・でそんなことが可能なのかまではわからないけれど。
 だけど、他に思い至る人物など存在せず、しかしそうなるとイーフェは最低でも1度はどこかでナディと接触したことになる。
 なにせいかなナディと言えど、一度も接触したことのない人物とは共鳴など起こせないだろうからだ。

「いったいどこで……」

 イーフェは闊達な性質ではない。
 周囲に望まれるがまま、おとなしく過ごしてくれている。
 私室と、執務室と。ほとんどその往復と言っていいような日々に、文句ひとつ聞こえてこない。
 元より、部屋で書物を読んだりなどするのが好きな人物のようだということは知っていた。
 だからこそどこかに出歩くなど、それこそ、例のアレリディア嬢のお茶会の時ぐらいであったのに。
 つまり王宮内からすら出ていないのだ。怪しい存在との接触など、どうして会ったというのだろう。
 彼はこれまでの数ヶ月、1人になることすら全くなかったはずなのだ。
 だけど何処かで、接触していなければあり得ない。

「今一度、確かめる必要があるな……」

 イーフェと接したことのある人物を全て、洗い直さなければならなかった。
 その中に確実に、ナディがいるはずだからだ。
 そしてナディならば、イーフェに悪意を向けたとしてもまったくおかしくなんてなく。
 同時にナディの現状の確認もし直さなければならないことだろう。
 ナディはナディで侯爵邸から出ていないと報告を受けていたのだけれど。
 とは言え、アレリディア嬢とは当然接しているだろうし、彼女への影響も考えられた。
 彼女の、あの無遠慮なイーフェへの関わり方に、ナディの意向が絡んでないとは言い切れない。
 過ぎたこと、だったはずなのに。
 まるで過去に追い立てられてでもいるかのようだと思うと、気が重くなるばかりなのだった。
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