5 / 6
「愛してる」は呪い⑤
しおりを挟む僕が、此処から出る条件が子供なのだと、明確に言葉にされたわけではなかった。
ただ、いつも通りの男の独り言から、僕が勝手にそう思っただけだ。
子供が、出来れば。
もしかしたら。
僕はこの悪夢から、覚めることが出来るというのだろうか。
「あっ、ぁ、ぁあっ……!」
揺れている。揺れて、揺れて、僕の体はもう、ただの穴だ。
男が自分勝手に使うだけの穴。 男の魔力を注がれるだけの器。
そこには僕などどこにもない。
なのに。
「ルディ」
男が僕を呼ぶ。腰を動かし、僕を苛み、欲を注ぎ、揺さぶって。
僕の反応など何も見ずに。
「ルディ」
なのに僕を呼んだ。
「ルディ、ルディ、ルディ」
何度も何度も僕を呼んで。
「ぁ、ぁあぁあ……」
揺れる僕の声を食み。
「愛してる」
そんな、呪文を唱える。
愛してる。
愛って何。
わからない。わからなかった。
「る、でぃ……ぅっ、」
「あ!」
男が小さく息を詰めるのと同時、ぶわと、腹の奥に広がる熱。吐き出される欲。
男ば僕の腹を撫でる。そこに決してとどまらない熱を惜しむように。
「ああ……どうして」
どうして。
どうして、なんて、そんなもの。思っているのは僕の方だった。
「ルディ……なら、また、」
注がなければ。
「ぁっ!」
いうと同時、また動き出した男からの刺激に、僕の喉からは声が漏れた。
男が固執する腹。そこに男が求めているのは子供。
それは僕にもわかっている。
子供が、出来れば。
もしかしたら、この状況が、変わるかもしれない。もしかしたら。だって男が言うのだ。
「ああ、どうして。子供が出来れば、君と、」
外で。
外で、いったいどうするというのか。僕は外へ出れるというのか。こんな風に、昼も夜もなく、男に揺さぶられるだけの日々がなくなると?
今を、どのような形であれ変えるには子供が要ると?
男が明確にそう告げたわけではない。
何故なら男が僕に応えを求めたことなど一度もないからだ。
「愛している」
愛している。
そう、唱えながら、男は僕に何も求めない。僕を穿ち、捕らえながら何も。敢えて言うなら腹を。残念そうに撫でるだけで。
僕は。こんな扱いを受けながらも、男に手を上げられたことはなかった。男は僕を殴ったりだとかいうことを決してせず、ただ、捕らえ続ける。捕まえて、逃がさずに。
何処かを縛られたり、何かに繋がれていたりだとかいうことだって一度もない。
だけど僕は逃げられない。
何故なら、僕はずっと、男に留め置かれ続けているからだ。
僕の意識がある時はいつも、僕の中に男が入り込んでいる。そうされ続けて、どうして僕が逃げられるというのか。
僕の体はもう、僕の意思では指先一つ動かせやしないというのに。
「ルディ、ルディ、ルディ」
男が腰を振る。
僕の体の奥深くを穿つ。
「あっ! がっ! ぁあっ!!!」
ぐぽっ、ぐぽっと、ありえない音を立てながら、体の奥が開かれている。僕の尻の中、奥の奥。突き当りのような其処が、ぐぽっと力任せに男を迎え入れさせられていて、それはいつもとんでもない衝撃と共に、僕の体を仰け反らせるのだ。
「ぐっ、が、あ、あぁっ……!」
僕の喉から漏れる声も、そんな時ばかりは少し違って、濁って汚く、苦痛に塗れた。
それでも。
「ああ、ルディ……愛している」
愛している。
男の声はどろりと甘く、陶然と。何処までも幸せに酔っているのだ。
ああ、どうして。
どうして、こんなことになったのか。どうして。
こんな、悪夢でしかない状況から、僕はどうすれば逃れることが出来るのだろう。
助けは来ない。ずっと来ない。
男は2年と言っていた。
2年、経つのに子供がずっとできないと、そう、僕を穿ちながら嘆いていた。
子供。
子供が、出来れば。僕はここから出られるのか。
ああ。だが、子供を、そんなことの為に……この男の子供を、この、腹に?
悍ましさに慄く。気持ち悪くて仕方なく、込み上げてきた衝動のまま、ごぼっと胃からせり上がってきた何かを吐き出したが、男は構わず、僕を揺さぶるのをやめない。
「ああ、ルディ」
勿論、流石に気付いてすぐにさっと、キレイにされた。洗浄魔法。嘔吐したことなどまるでなかったかのように清められた僕は、結局、構わず揺さぶられている。
ああ。ああ。ああ。
男の魔力が、また腹に。
ああ。
そんな、悪夢でしかない日々の終わりは。予想もしないほど唐突だった。
「ルディ、ルディ、ルディ」
その日も男は僕の上で腰を振っていた。僕をベッドに組み敷いて、捕らえて、捉まえて、腰を掴み、開かせた足の間に自身をねじ込み、僕の尻の穴に、男の硬く逞しく長大な剛直を容赦なく突き入れている。そして躊躇なく、僕の様子になど何も構わず、好き勝手に僕を揺さぶった。
「ぁっ、ぁあっ、あぁああぁあぁぁ……」
揺れる度に漏れる声になど、何の意味もない。どんな意味も、乗っていない。
男は何も構わない。何も、かまわずどぷ、僕の腹の奥に熱を吐き、ずぞ、ずちゅ、それでも止まらず腰を揺らす。
どぷ、どぷ、幾度も、幾度も。とめどなく、僕の腹は男の欲で満ちていた。
ああ。
いつも通り。
その日も、変わらずいつも通り。
僕は何もわからず、男に揺さぶられるだけ。
ああ、どうして。
僕の父も母も、おそらくはこの男に殺された。
空いた王位にはきっと、この男が座ったのだろう。
僕の従兄弟だという。ろくに会ったこともなかった男だ。
どうして、そんなことをしたのだろう。
そしてどうして。こうして僕を、とどめ置くのか。
僕の思考と意識は、いつも受け続ける刺激に流されて判然とせず、だけど時折戻って、その時ばかりは僕も、零れ落ちそうな思考を必死でつなぎ留め続ける。
ずっと、ずっと考えていた。
どうして男はこんなことをしているのだろう。
どうして。
僕のわかる範囲で、僕の腹の中に男が突き入れていなかったことなどないけれど、そもそも僕の意識自体が遠く揺蕩っていることの方が多いのだ。
おそらく男は、僕が意識を失っている間は、この部屋にはいない。
だが、僕の意識がある時はほとんど必ず、僕の体は男によって穿たれている。
頻繁にこの部屋に戻ってきているのだろう、もしくはごく短時間しか、この部屋の外で過ごさないのか。
わからない。
この部屋の外で、男がいったい何をしているのか。この部屋の外は、いったいどうなっているのか。
僕には何もわからず、ただ男に揺さぶられるだけ。
その日もそうだった。
何も変わらなかった。
違ったのは男の言葉だ。
そしてその日。僕は少しだけ正気だった。
「ああ、ルディ……どうして散ってしまうんだろう……もう、私と君を邪魔する者など何もないのに」
ああ、ルディ、愛している。
愛している。唱えながら僕を揺さぶる男が、荒い息の合間合間に、小さく何かを囁いていた。
それらは全て、僕に聞かせるための言葉ではない。だけどその日に限って僕は、その、男の言葉を拾った。
「ああ、どうして」
嘆く男の言葉を拾った。
「君を手に入れる為だけに、私は邪魔なものを全て消し去ったんだよ? のにどうして」
僕を、手に入れる、ためだけに。邪魔なものを、全て。
邪魔なものを、全て?
おそらく男が、そんなことを囁いたのは、その日に限ったものではなかった。
ただ、僕がずっと正気じゃなかっただけだ。
男の言葉の意味を、少しも捕らえられず、揺蕩う意識の中で揺さぶられるだけだった。
なのにどうしてかその日に限って、僕の頭は少し冴えていて。
どうして、どうして、どうして。
僕を、手に、入れる、たったそれだけの為に、全て?
思い出す。
血まみれの男。
無遠慮に僕の部屋を開け放った、見覚えのない男。
思い出す。
『ルディ様』
僕の前に出て、僕を庇い、僕の目の前でごろり、床に転がり落ちた女官の頭。それをしたのは、目の前の男だった。
「あ、あ、ぁあ、ああ……」
僕は声を出した。いつもの、揺れるに任せて喉から漏れるそれではない。僕は本当に声を出した。
「ぁ、ぁあ、ぁ、ぁ、」
思い出す。
あの日、外はひどく騒がしく。部屋の外、遠くから迫ってきた喧騒、激しい剣戟の音。
思い出す。
男に捕えられ、抱き上げられ、暴れる僕をものともせず、この部屋へと運び込まれた。その道々。見慣れた王宮の廊下は全て。おびただしい量の血に、塗れていた。
赤、赤、赤。
何処も赤。
思い出す、思い出す。
男が言った。
「ああ、ルディ、ようやくだよ、ルディ。ようやく君に触れられる、ルディ、ルディ、愛している。愛している。邪魔するものはもう誰もいないんだ、ルディ」
わからなかった、わからなかった、わからなかった。
何も、わからなかった。
僕は何もわからなかった。
男は何を言っているのか。邪魔する者とは、何。
男は僕の父を、母を殺した。護衛や女官や他も。みんなみんなきっと殺した。
ああ。
男ははじめから言っていたではないか。
『やっと君に触れられる』
そう。
僕を、手に入れる、ために。
全て、全て、全て!
僕を、手に入れる、たったそれだけの為に!
「ぁ、ぁああぁぁああああああああああ!!!!!!!!」
僕は叫んだ。ほとんど二年ぶりの叫びだった。
そして。
ありったけの魔力を放つ。男に向けて放つ。
攻撃でも何でもない。
ただの魔力の放出。
だが、そんな風に魔力を、こんな近距離で放たれて。無事でいられる者などいない。
放った僕も、きっと無事ではいられないだろう。
構わない。
否、そんなこと、大したことではない。
ああ、どうして今までこうしなかったのだろう。
どうして。
「あああああああああ!!!!!!!」
放つ、放つ、放つ。部屋を渦巻く僕の魔力の奔流。ただ、男にのみ向かっていくそれ。僕のありったけの全て。
自分を顧みないそれ。
ああぁぁぁあああぁぁぁ……。
男は。僕の放つ魔力を。ただ無防備に受けて。何も、欠片も防ごうとすら、しなかった。
ああ。
「ル……ディ……」
男の力ない声が、僕を呼ぶ。血を吐いた男が、幸せそうに笑む。僕を見て、手を伸ばし。
ああ。ルディ。
もう一度。今度は、息だけで僕を呼んで。
「あいして、いる」
愛している。
男の指先が、僕の腹に触れ、そして。
それっきり。
男はもう、動かなかった。
「ぁ……は……はは……ははは、あは、はは……」
ははははははは。
僕は笑った。
何故かわからないけど、僕は笑った。
今、僕を満たすのは指一本すら動かせないような疲労感。全て解き放ち切って魔力など少しも残っていない。このままでは僕も。否、魔力は、残って、いない……はず。
僕は気付く。
僕の、腹。
男が最後に触れた場所。そこに、凝るよう、男の魔力が渦巻いていた。ぐるり、渦巻いて。それは。それが、示す意味は。
「ぁ…ぁ、ぁあ、ああ……?」
わからない、否、わからないはずがない。
どうして、なぜ、いつ。僕、が?
今を、僕は変えたかった。
この悪夢から、逃れたかった。
その為に、必要だと、僕が思った。
まさか、だから?
いや、いや、そんなもの、そんなもの。散らせばいい。散らす、散らす、要らない、そんなもの、要らない。要らない、はずなのに。どうして。
「ぁ、ああああああぁぁぁ……ああ」
は。はは。はははは。あははははははは。
僕は笑った。
もう、笑うことしかできなかった。
愛している。
男の声が、まだ、僕の耳にこびりついている。
離れない。これはきっとずっと離れない。
ああ。
愛している?
そんなもの、ただの呪いじゃないか。
ああ。
「あは。あはははは、はは、ははははははは」
僕は笑う、笑う、笑う。
僕の笑い声は、いつまでも。ずっと、何処にも届かないまま。
聞く者などもう、誰もいなかった。
1
お気に入りに追加
145
あなたにおすすめの小説

ペットの餌代がかかるので、盗賊団を辞めて転職しました。
夜明相希
BL
子供の頃から居る盗賊団の護衛として、ワイバーンを使い働くシグルトだが、理不尽な扱いに嫌気がさしていた。
▽…シグルト視点 ▼…ユーノ視点
キャラクター
シグルト…20代前半 竜使い 黒髪ダークブルーの目 174cm
ヨルン…シグルトのワイバーン シグルトと意志疎通可 紫がかった銀色の体と紅い目
ユーノ…20代半ば 白魔法使い 金髪グリーンの瞳 178cm
頭…中年 盗賊団のトップ 188cm
ゴラン…20代半ば 竜使い 172cm
トルステン…30代半ば 182cm 郵便配達店店主 短髪赤毛 赤銅色の瞳

「じゃあ、別れるか」
万年青二三歳
BL
三十路を過ぎて未だ恋愛経験なし。平凡な御器谷の生活はひとまわり年下の優秀な部下、黒瀬によって破壊される。勤務中のキス、気を失うほどの快楽、甘やかされる週末。もう離れられない、と御器谷は自覚するが、一時の怒りで「じゃあ、別れるか」と言ってしまう。自分を甘やかし、望むことしかしない部下は別れを選ぶのだろうか。
期待の若手×中間管理職。年齢は一回り違い。年の差ラブ。
ケンカップル好きへ捧げます。
ムーンライトノベルズより転載(「多分、じゃない」より改題)。

当て馬的ライバル役がメインヒーローに喰われる話
屑籠
BL
サルヴァラ王国の公爵家に生まれたギルバート・ロードウィーグ。
彼は、物語のそう、悪役というか、小悪党のような性格をしている。
そんな彼と、彼を溺愛する、物語のヒーローみたいにキラキラ輝いている平民、アルベルト・グラーツのお話。
さらっと読めるようなそんな感じの短編です。


うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!
かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。
その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。
両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。
自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。
自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。
相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと…
のんびり新連載。
気まぐれ更新です。
BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意!
人外CPにはなりません
ストックなくなるまでは07:10に公開
3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる