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08・婚約、そして始まりの日。⑧

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 多分、タイミングが良くなかった。
 確かその日は特別、嫌なことが立て続けに起こって。
 例えば朝、起き抜けに寝ぼけてベッドの端に足をぶつけただとか、顔を洗った時に跳ねた水が服にかかって、冷たかっただとか。あるいは朝食が、あまり好きではないメニューであったり。殿下と共に学ぶ為に王城へと向かう途中、少し前に起きた事故の所為でいつもの道が通れず、迂回しなければならなかったり。そんな理由など全く考慮しない体術の講師に、時間に遅れたと注意されたり。
 ちなみに理由を述べたのだが、

「そんなもの、事前に予測せずにどうする! 気合で間に合わせるのだ!」

 などと、よくわからないことを言われた。
 事故など事前に予測できるはずがないし、充分に余裕を持って家を出ている。何より、遅れたと言っても、元々の授業の開始時間には間に合っていて、いつも何故だか物凄く早く来る講師よりも先に到着することが出来なかったというだけの話。
 注意を受けるようなこととも思えず、苛立ってしまったのは間違いない。
 どれもこれも些細なことだった。
 そう言った日もある、と言ってしまえるぐらいのもの。
 けれど、そう言った小さな苛々が積み重なってしまった上で、いつも通り、殿下が泣き出してしまわれて。

「殿下! 気合が足りませんぞ! そのようなことで涙を流していてどうするというのです! さぁ、私に向かって、もっと強く!」
「あっ、あっ、ぅ……うわぁぁーんっ、出来ないよぉ……!」
「殿下!」

 そんな、これまでに何度も聞いてきたはずのやり取りが、気に障って仕方がなかった。
 講師の、大きいばかりの声も、殿下の泣き声も。だから。

「うるさいっ! いい加減にしてちょうだい! 気合気合って、理屈の説明は出来ないのですか?! 見よう見まねにも限度があります! もう少し詳細な順序などをお教え下さいませ! 違う、違うと言われても、どう違うのかがわかりませんわ! 特に殿下は、そう言った理屈を理解なさった方が上手く動くことが出来る方ですっ、これまで何か月も講義を受け持たれてきて、それぐらいも察せられませんの?! 殿下も殿下です! 出来ない出来ないと泣いてばかり! もう少し威厳というものをお持ちくださいませっ!」

 などと、私は気が付けば、捲し立てるように大声で怒鳴り散らしていたのである。
 これまで募っていた苛立ちを、一気に吐き出したようなもので……――同時に、八つ当たりじみた部分があったこともまた、自覚せざるを得ないことだった。
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