上 下
25 / 37
第2章

2-14・魔女を害する方法

しおりを挟む

 この魔女をどうにかしなければならないと文官は考えていた。
 王が離宮に囲っていた魔女が、年若く美しい小娘だと聞いて、ひとまず捕らえ、この地下牢につないだ時は、それからあとのことなど考えてはいなかった。
 否、陛下の洗脳・・が解けさえすれば、きっと陛下が適切な判断を下してくださるだろうとそう考えて、あえて何もしていなかったと言っていい。だが、陛下の洗脳・・はいまだ解ける気配を見せず、ならばいっそこの小娘を、どうにかしてしまわなければ解けないのかもしれないとしか思えなかった。
 美しい娘だ。
 見ただけでわかるほど魔力量が多い。
 これほどの魔力量など、魔獣でもきっとなかなかいない。ならばきっとこの娘は、魔物の類・・・・なのである。何故なら、この娘の持つ魔力量は、人間の持つそれ・・をはるかに上回っているのだから。そんなものが魔物でなくて何だというのか。
 なぜ、この国に、陛下の前に現れたのか。美しい容姿を装い、陛下を誑かし洗脳して、この国を滅ぼしにでも来たのかもしれない。
 自分がこの国を、陛下を守らなくては。この忌々しい魔女の手から、きっと。
 文官は知っていた。文官の賛同者は多く、むしろ陛下の周りの者たち全員と言ってもいいほどであることを。
 誰もがこの魔女を危険だと考えている。
 これまではそれほどでもなかった者達さえ、この一週間ほどの陛下の様子を見て、危機感を募らせたようだった。
 この魔女はダメだ。陛下のお傍には置いておけない。
 だが、そもそもどうしてこの魔女はそんなことを試みているのか、文官は考えては頭を横に振った。
 魔物の思惑など、人間が理解できるわけがないのである。そのような物理解せずとも、この魔物が悪しき者だということだけがわかれば充分。
 何とかして亡くしてしまわなければならないと心に決めてはいたのだが、その方法がないだろうことを、文官は彼女を目の前にして、同時に痛感せざるを得なかった。
 あどけなく首を傾げる小娘の魔力量は凄まじく、こうして対峙しているだけで、気圧されてしまいそうなほどで。これを害せる者など、今、この国に存在しているとは思えなかった。
 ペクディオでさえもきっとできないだろう。
 そんな魔物をどうやって退治すればいいというのか。
 陛下の洗脳を解けと、言葉で告げてみても、意味が解らないと装うばかり、なんとも小賢しい魔物だ、そんな風に見せかけたからと言って、こちらが騙されるはずなどないというのに。
 忌々しい。本当に忌々しいことだった。

「この魔女めっ、何が目的か知らんが、早く陛下の洗脳を解けっ! さもなくば……」

 さもなくば。
 その続きを、男は続けられなかった。
 だってわかるのだ。目の前のこの魔物を、男は害せない。否、害せる者などこの国にはいないのだ。この国で一番魔力の高いペクディオが、他でもないこの魔物に洗脳されている今は余計に。
 我が国が誇る竜でさえこの魔物には敵わないだろう。
 毒が効くとは思えず、きっと攻撃しても防がれてしまう。よしんば一太刀浴びせられたところで、頭を潰しでもしない限り、この魔力量では瞬時の再生も可能だろう。
 全く厄介な魔物だった。
 文官は魔物を睨みつけたまま考えた。不思議そうな顔をした魔物。か弱い人間の小娘を装っている。美しい姿をした魔物だ。
 これをどうにかする為に。
 文官が思い当たったのは、魔力の多い人間の死因が、ほとんど自殺のみ・・・・・・・・だという事実・・だった。
 極端に魔力の多い人間は、今、目の前にいる魔物と同じく、毒も効かなければ老いもせず、少々の外傷なら瞬時に治せてしまうのだ。そんな死ねない彼らが死ぬ方法はただ一つ。それは自殺。
 自らで自らの息が止まることを願うこと。
 そうするだけで彼らは容易く死ぬことが出来た。
 きっとこの魔物も同じだろう。
 この魔物に、絶望を与えることが出来れば、あるいは。
 そう考えて、文官の口から次に滑り落ちたのは、自分でも思ってもみないことだった。
 さもなくば。

「お前に洗脳された陛下などこの国には要らぬっ! 陛下をお救いする方法はきっと、死を持ってお前から解放することだけだろう」

 そんなことを告げた文官の言葉を聞いた瞬間、見る見るうちに小娘が顔色を変えていくのがわかって。
 ああ、そうか、こうすればよかったのか。
 文官は笑い出したい気持ちで、自身の口角がつり上がっていくのを感じたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

獣人専門弁護士の憂鬱

豆丸
恋愛
獣人と弁護士、よくある番ものの話。  ムーンライト様で日刊総合2位になりました。

伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る

新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます! ※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!! 契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。 ※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。 ※R要素の話には「※」マークを付けています。 ※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。 ※他サイト様でも公開しています

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

ただの政略結婚だと思っていたのにわんこ系騎士から溺愛――いや、可及的速やかに挿れて頂きたいのだが!!

藤原ライラ
恋愛
 生粋の文官家系の生まれのフランツィスカは、王命で武官家系のレオンハルトと結婚させられることになる。生まれも育ちも違う彼と分かり合うことなどそもそも諦めていたフランツィスカだったが、次第に彼の率直さに惹かれていく。  けれど、初夜で彼が泣き出してしまい――。    ツンデレ才女×わんこ騎士の、政略結婚からはじまる恋のお話。  ☆ムーンライトノベルズにも掲載しています☆

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...