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第2章

2-13・見知らぬ男

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 地下牢の中でのリティアの日々は、決して快適なものなどではなかった。
 しかし、慣れないながらも魔法魔術を行使することにより、最低限の生活は送ることが出来た。洗浄魔法や、水を出現させる魔術。他にもいくつか。
 これまでに得た知識は無駄にならないものだなとリティアは思った。
 そうしてどれだけ過ぎたのか。
 いつもは水や食料を投げ寄越すために日に数度、不愛想な兵が訪れるだけの地下牢に、知らない気配が近づいてくるのを感じた。
 兵ではない。否、兵よりも多い魔力。貴族か何かだろうか。王族や貴族など、地位が高い者に魔力が多い者が多いとどこかの本で読んだことがある。
 だからどうもペクディオは魔力が多いし、通ってきてくれる女性の使用人は、ペクディオとは比べ物にならないほど、魔力が少ないのだろうとリティアは理解していた。
 なお、人間の枠に入らない精霊たちはその限りではなく、彼らの魔力保有量は、そもそも人間などとは基準からして違うことがほとんどである。
 だからこその精霊・・とも言えて、人間よりも多い魔力量というのは、精霊や聖獣、あるいは魔物や魔獣の特徴の一つと考えられていた。対抗できる者など、人間の中でもほんの一握りだ。王族であり、他者よりもよほど魔力量の多いペクディオだって、それほどの魔力など持っていない。
 それは今、こちらへと近づいてきている気配も同じ。だけど兵よりも多い魔力。
 誰だろうか。
 リティアは疑問に思う。此処へとリティアを招いた人物かもしれないとも考える。
 なら、お願いしたら、リティアをペクディオの元へと、帰してくれるかもしれない。
 だってそもそもリティアは、なぜこんな所に居させられているのかさえ分からないのだ。
 何をされるでもなく放置されるばかりで、相手にはいったいどんな思惑があって、リティアをこうして捕らえているのか、リティアにはさっぱりわからないまま。
 それがわかるかもしれない相手だと思った。兵とは違うのだから、きっと。
 近づいてくる気配は幾度か止まりながら、しかしこちらへ向かう歩みに躊躇いは感じられなかった。
 リティアは扉の方を見る。
 リティアのいるこの場所の壁は土で出来ていて、三方はそれ、残り一方だけは鉄格子が嵌められている。
 その鉄格子の一部が開閉できるようになっているようで、そこが扉と言えば扉と言えた。
 普段、水や食料を投げいられる時は其処さえも開けられず、鉄格子の隙間から寄越される。
 誰かが訪れるとしたら、そちらから以外は考えられず、果たして気配が近づいてくる方向もそちらなのだった。
 やがて、真っ暗な視界の中、細く灯りが届き出して、コツリ耳で拾えるまでになった靴音。それとともに現れた人物は、どう見てもやはり、リティアにとって、全く見覚えのない者だった。
 憎々しげにリティアを睨みつけている。
 リティアにはわからない。どうしてこの男はリティアをそんな目で見ているのだろう。初めて会う男なのだ。どうして。
 自分が、ペクディオ以外の国の者にどう思われているのか。それさえ知らないままのリティアに、理由など、想像できるはずもなく。
 きょとと首を傾げるばかりのリティアに、男はかっと激昂し始めた。

「この魔女がっ!」

 そんな風に罵られても、やはりリティアには意味が解らない。
 魔女。
 それはこんな風に憎々しげに、声高に告げられるような存在であっただろうか。
 リティアが知る魔女とは、魔力を行使する女性全てを指した。だからリティアは自分のことを魔女だと言われても、確かにとしか思わないし、そもそも、魔力で成り立っているようなこの世界で、魔力を行使しない女性など存在せず、そういう意味では女性であればだれもが魔女であるとも言えた。
 この人はどうやら男性のようである。
 女性であることがいけないということだろうか。
 わけがわからない。
 きゅっと不審げに眉根を寄せたリティアに向けて、なおも男性は言葉を続けた。

「わかっているのだぞ、お前が陛下を誑かし、怪しげな術で洗脳していることは! そうでもなければ、どうして陛下はあのようなっ……! この邪悪なる者め! お主のような存在は、国に災いしかもたらさぬっ」

 誑かす? 怪しげな術? 洗脳? おまけに邪悪なる者だなんて。本当に全くわけがわからなかった。だからリティアは思わず口を開いていた。だが。

「……? 何のお話ですか?」
「黙れっ! 白を切る気か! この魔女めっ、何が目的か知らんが、早く陛下の洗脳を解けっ! さもなくば……」

 リティアの疑問には応えなど変えて来ず、それどころかほとんど遮られるようにして、更にわけのわからない怒声を浴びせかけられる。
 リティアは男を恐ろしいと感じた。
 そもそもリティアはこれまで、このような罵声になど晒されたことがなく、このように声を荒げる人間自体を見たこともなかったのだ。
 リティアの知っている人間はペクディオと、通ってきてくれている使用人の女性。それに気を失う前、自分に向かってきていた見知らぬ男性と水や食料を投げ入れてくる兵士。そして今、目の前にいる男のみなのだから。
 恐ろしかったし、嫌な気分になった。
 男が言っていることはどれもこれもわけがわからないけれど、男がリティアのことを全く快く思っていないことだけは余すことなく伝わってきて、わけがわからないなりにリティアの方こそ、男のことを不快に思う。
 だが、陛下。それはきっとペクディオのことだということだけは分かった。
 何故ならリティアの知っている陛下は、ペクディオ以外に存在しなかった為だった。
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