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第一幕
1-2・戸締り②
しおりを挟むなお、然乎さんはエプロンを付けて調理場に立ってはいるが、用意しているのは俺の夕飯ではなく自分のご飯だ。
だって俺の分はコンビニで買ってきた弁当があるから。
向かい合って座り、同じ食卓を囲むのにもかかわらず、俺はコンビニ弁当で然乎さんは自らが先程作っていた白米に味噌汁、ほうれんそうのお浸しに焼き魚だった。典型的な日本食。食器類や調理器具も全て彼女の持ち込みで、俺の部屋に元々あったものを使ったことなど一度もない。
食材や調味料の類ももちろん、彼女自身が用意したもののみを使用している。
その上、器用なことに彼女は必ず自分一人の分のみを作り、余らせることがなかった。一人分だと逆に難しくなる白米やみそ汁でさえ全てだ。
出たはずのゴミも持ち帰ってでもいるのか、彼女が使った後のキッチンに残っていたことがなく、それどころか、不思議なことに彼女が使用している、見慣れない明らかに俺のものではない食器類や調理器具も、彼女が帰った後には跡形もなくなっていた。
いつ見ても彼女の手荷物は決して多くはなく、薄い学生カバン一つだというのに。
いったい何がどうなっているのか。これもまた俺にはさっぱりわけがわからないことの一つだった。
たぶん彼女が俺の部屋で使用している物なんて、備え付けのコンロや、そこに通っているガス、蛇口から出る水道水ぐらいだと思われる。
「そもそも、私達にとって戸締りとか意味がないんです」
然乎さんが突然そんなことを言い始めたのは、それぞれがそれぞれの夕飯を、向かい合って食べ始めてしばらくしてからのことで、俺は一瞬、何を言っているのかわからなかった。
数瞬、間をおいてからやっと、
「ああ、帰ってきた時の」
帰宅直後の会話を蒸し返しているのだと悟る。とは言えそこからさほど時間は経っていない。
「ええ。咲真さんはいつも、戸締りについて注意してくださいますけど、それって私達には意味がないんですよね。鍵が開いてても締まってても一緒なので」
繰り返されたところで、やはり俺には意味が解らない。
「でも不用心じゃないか」
若い女の子一人なんて危ない。俺はごくごく当たり前のことを言っているつもりだった。
然乎さんはにっこりと微笑んだ。
然乎さんは、今更だがとてもきれいな顔をしている。派手さがあるわけではないので、パッと見ただけではそこまで印象には残らないのだが、よくよく見ると、驚くほど顔のパーツそれぞれの配置が整っていた。睫毛は長く、ぱっちり二重。黒く澄んだ瞳は決して小さくはないけれど、大きい、と取り立ててあげつらうほどではない。あまり高くない小さな鼻に小さな口。仄赤い唇は少し薄めだ。
真っ黒な髪はまっすぐで、肩を少し超えたぐらいで揃えられ、ハーフアップというのだったか、両方の横髪から上の方だけを後ろでまとめていた。
だからこそさらさらと零れるような髪質でありながら、食事時に髪が食べ物にかかりそうになることもなく、それだけで清潔感がある。
いつも身に着けている制服にもエプロンにもおかしなしわなど一つとしてなかった。
然乎さんの小さな口が動く。
ちゃんと口の中の食べ物を呑み込んでから。
「咲真さんは優しいですよね。いつも心配して下さって。でも本当に大丈夫なんですよ。だって私がいる限り此処に入って来られるのは咲真さんだけなんですから」
だから鍵など意味がないのだと、然乎さんは言い切った。
そんな発言についていけない俺を置き去りにして。
「私がいる限り、この部屋は神域となります。だから誰かが入ってなど来られるはずがないんです」
だって私、神様ですから。
然乎さんはやっぱりにっこりと笑っていた。
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