君の花となる為に

愛早さくら

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 この『小玲シャオリン』と言う、年の頃八つほどに見える少年のことを、俺は名前以外の何もかもを知らなかった。
 聞けば親がこの後宮で起居しているということであるらしいのだが、それが誰であるのかまではわからず、勿論、皇子であるはずもない。
 何せ現皇帝の子女は皇太子ただ一人だと聞いている。そしてその皇太子の年齢は、俺より三つほど年嵩の22歳だとのことなので、小玲とでは、年齢からして合わないのである。
 ならば考えられるのは宮人か兵の子供ぐらい。勿論、ここは皇帝の妃妾達の住まう後宮なのだから、そうやすやすと子供が入り込めるわけがなく、しかし反面、全く不可能というわけでもないのだと言う。曰く、

『出入りの商人や下働きの者達の行き来はあるからな。全く閉じているわけでもなし。抜け道なんて存外いくらでもあるものさ』

 とのこと、つまりおそらくはそうした、下働きの者たちなどに紛れ込んでいるということなのだろう。
 この後宮の敷地に立ち入る為には、皇帝と皇太子以外となると、たとえ誰であっても呪を施す必要があるのだが、その対象は、実は12を超えた者のみであり、小玲は対象外。
 それもまた、紛れ込みやすい理由の一つなのかもしれなかった。
 ……――少なくとも、表向きは。

「それで、今日はいったいどうしたって言うんだ」

 ぞんざいな口調で用向きを尋ねる。答えなど、半ばわかっていながらも。
 案の定小玲は小さく肩を竦めて、

「どうしたも何も……いつも通りだよ、俺はあんたに会いに来たんだ。どうせこっからはまた、夕方に玄貴妃が呼ぶまで暇なんだろ? だったら、俺に付き合ってくれたっていいじゃないか」

 そう言いながらからりと笑う顔は闊達で健全。実に少年らしい爽やかさのみを湛えている。けれど。

「付き合うって、お前……」

 俺はぐっと眉根を寄せた。何故なら、これまでの経験から、少年の求める『付き合う』がどういう意味を持つかを、よくよく理解していたからだ。

「凛々」

 少年が俺の名を呼ぶ。支配者然とした表情で。俺はその声にびくっと体を震わせた。

「ほら。わかってるんだろう?」

 さぁ。言いながら差し出された手を、どうして俺に拒むことが出来たというんだろう。
 おずおずと、小玲に向かって自分から近づいていく俺に、少年が笑みを深くする。
 やがて誘われるように伸ばした手は、さっと少年にさらわれて。

「うわっ」

 ぐいと引かれ、体勢を崩し、少年へと倒れ込んだ俺の体は、しかし易々と、自分より随分と細くしか思えない腕に支えられていた。

「凛々。嬉しいよ、凛々。ほら、行こう。ここからだと……そうだな、少し戻った所にある房が近い。今日はそこでいいだろう? それとも、凛々の宮まで戻るか?」

 そこには宮人がいるんだろうけど。
 俺の応えなんてわかり切っているだろうに嘯く少年を睨みつけたが、少年は笑みを崩さず、目を細め、俺を見つめて来るばかり。俺はぐっと顔を顰め、ややあって小さく口を開いた。

「……房でいい」

 近いというそこで。
 まさか自分の宮になど、この少年を連れ戻ってなるものか。
 吐き捨てるように返した俺に、

「じゃあ、そうしよう」

 少年は笑って、柔く頷くだけなのだった。
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