君の花となる為に

愛早さくら

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 凛々、とは、この国での俺の名を元とした呼び名だ。
 この国での俺の名は、イン 凛佳リンジャと言った。
 玄貴妃と一文字違いとなるのだが、この国では同じ家系に属している場合、皆、そのようになるらしい。
 凛は俺の元々の名前から。一応、似た響きを、とは考えてくれたのだとか。
 もっとも、

『あまりに違う響きを当てて、反応できない、などということになっては困りますからね』

 とのことだったのだが。
 ちなみに凛々、のようにこの、名の上の字を続けて2回呼ぶことは幼い子供などに対して多く用いられる呼び方であるらしく、つまり玄貴妃は俺を幼子扱いしているに等しいのだとか。
 心底知りたくない情報だったが、抵抗できるようなものでもない。不本意な呼び名すら、俺は諾々と受け入れざるを得ないのだから。
 そんな玄貴妃から、俺が解放されたのは朝日も疾うに昇り切って、すでに昼も近くなったような時間。次に呼ばれるのは、いつも通りであればおそらく、夕方になるのだろう。
 それまで玄貴妃は休息を取るはずだ。
 つまり今のような昼前から夕暮れ時までが、俺の自由時間のようなもので、同時に、特に何も役割を割り当てられているわけではない俺にとって、暇を持て余す時間でもあった。
 後宮に住まう玄貴妃以外の女性たちは、いったいどうやって日々を過ごしているのか。俺にはとんと見当もつかない。
 聞けば社交とでも言えばいいのか、茶会を開いたりだとか、妃妾同士で交流を持ったりだとかしているらしい。
 一応俺も、彼女らと同じようにすればいいとは言われているのだが、どうにもそんな気にならず。ただ、足が赴くままに、棗央宮、つまり中心近くの園林を目指す。
 俺の与えられている宮からだと遠ざかる形となるのだが構わない。
 宮に戻った所で、やることなど何もなく、気が休まることもないのだから。
 棗央宮は皇帝が唯一通う正后の住まう宮であり、後宮のちょうど中心に位置していた。
 栗北宮を挟んで、俺の宮からだとちょうど逆側にある。
 通路は広く、見通しがよく、また棗央宮に近づけば近づくほど、空は高く良く晴れて、爽やかな風が吹き抜けていくように感じられた。
 息が詰まりそうな閉塞感に満ちた栗北宮とは大きな違いだな、と思いながら、特に目的があるわけでもなく、一番近い園林へと足を踏み入れた。
 この国特有の庭園。池と木々と岩と橋と、そして点在する水榭だとか呼ばれているらしい東屋と。
 ここへきて数年。
 はじめは見慣れないばかりだったこの景色にも、今ではすっかりと慣れてしまった。
 俺が生まれ育った国とは全く違っていて、しかしこの風景もそれはそれでキレイだと思う。
 美しい景色に、国や地域、あるいはそれぞれの立場などは関係がないのだと痛感した。
 なんとなく深く息を吸って、吐いて、そして……――さっと、後ろを振り返った。そこには、

「はは。やっぱ気づかれたか」

 などと笑う一人の少年の姿。
 俺は深く溜め息を吐く。

「――……まったく。また忍び込んできたのか、小玲シャオリン

 濃い、茶に近い琥珀色の瞳を持つ、俺の名と似た響きの呼び名の少年は、俺が応えるのを聞いてにこと、それは晴れやかに笑みを深めたのだった。
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