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四
しおりを挟む「濡嬪、濡嬪、凛々。昨夜も陛下はいらっしゃらなかったわ。わたくしが入宮して18年。すでに贖罪は終えているはずよ。なのにどうして、わたくしの状況は何も変わらない。ああ、これほど寂れた宮で、どうして陛下をお慰め出来るというのかしら、凛々、凛々、どうして」
さめざめと泣く玄貴妃を前に、俺はまたかと途方に暮れていた。
玄貴妃は、贖罪は終えたとそう話すのだが、そのようなときは来ないと事前に聞かされていた。
少なくとも、彼女が玄貴妃である限り、否、現皇帝が代変わりしない限り、『玄貴妃』の元へと皇帝が通うことは無いのだそうだ。
もっとも、そもそもからして皇帝は、正后の元へしか通っていないらしいのだが。
教えられた話だと、前皇帝時に一度閉鎖された後宮は、しかし現皇帝の即位と共に復活することとなったのだという話だった。後宮自体に役割があるが為に。なんでも、大陸北部で随一の広さを誇る華国全てを覆う結界に必要な魔力を、後宮が担っているが為に。
前皇帝時はそれらを、正后一人が賄うことが出来たから閉鎖できていたに過ぎないのだとか。
だから、より多くの魔力を有している、玄家直系の娘が、必ず、後宮に入宮している必要があり、その為の位が『玄貴妃』で、皇帝と子を成すことそのものは、もちろん重要であれども、『玄貴妃』である必要はないのだとも聞いていた。それでも玄家から、出来ればせめて、次代の『正后』は排出したいのだ、とも。
俺の両腕に、遠慮なく縋りついてくる、見るもたおやかな玄貴妃の儚い美貌。
確かに、女の盛りを後宮に押し込められて、顧みられることもなく過ごすことは、どれほどの苦痛なのだろうかと思うと想像に難くない。
だからと言って、俺に縋ってくるなどと。
俺はまさか『玄貴妃』を乱暴に扱うわけにもいかず、何より女性特有の柔い両腕を振り解けず、彼女の成すがまま、縋られ続けるより他にない。
かと言って、なんと答えを返せばいいのかもわからなかった。
ましてや、これから何年経ったとしても、貴方の元へ皇帝が来ることなどないと聞いていますよ、などと。どうしてこれほどまでに嘆く玄貴妃に、突きつけることが出来るというのか。
「玄貴妃様、お気を確かに。この宮は寂れてなどおりません。きっといらっしゃれば陛下も、お気に召すことでしょう」
とは言え来ることはこの先もないのだろうけれど。
そう、思いながらもそこまでは言わず、ひとまず、嘘ではないだろうことを、繰り返していくしかない。
「そうかしら? お気を悪くなさったりしない?」
「ええ、勿論」
ぐすんぐすんとなく玄貴妃に、俺は努めて控えめに、それでも柔く微笑みで返す。
彼女の神経を逆なでしないようにと、ただそれだけに気を使って。
「ああ、凛々、そう、そうよね……外から来たあなたが言うのですもの、きっと間違ってはいないわ。なら、でもどうして……」
一度気を持ち直したかと思えば、また同じことを嘆き始める玄貴妃は、初めて示された時から何も変わらず、俺の答えなども勿論、半ば以上聞いてなどおらず。そうしてまた俺に縋りついたまま、ほとほとと涙を流すばかり。
俺は内心でうんざりしながらも、彼女が泣き疲れて気が済むまで、そのまま、意味のない返事を返し続けるより他にないのだった。
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