4 / 6
四
しおりを挟む「濡嬪、濡嬪、凛々。昨夜も陛下はいらっしゃらなかったわ。わたくしが入宮して18年。すでに贖罪は終えているはずよ。なのにどうして、わたくしの状況は何も変わらない。ああ、これほど寂れた宮で、どうして陛下をお慰め出来るというのかしら、凛々、凛々、どうして」
さめざめと泣く玄貴妃を前に、俺はまたかと途方に暮れていた。
玄貴妃は、贖罪は終えたとそう話すのだが、そのようなときは来ないと事前に聞かされていた。
少なくとも、彼女が玄貴妃である限り、否、現皇帝が代変わりしない限り、『玄貴妃』の元へと皇帝が通うことは無いのだそうだ。
もっとも、そもそもからして皇帝は、正后の元へしか通っていないらしいのだが。
教えられた話だと、前皇帝時に一度閉鎖された後宮は、しかし現皇帝の即位と共に復活することとなったのだという話だった。後宮自体に役割があるが為に。なんでも、大陸北部で随一の広さを誇る華国全てを覆う結界に必要な魔力を、後宮が担っているが為に。
前皇帝時はそれらを、正后一人が賄うことが出来たから閉鎖できていたに過ぎないのだとか。
だから、より多くの魔力を有している、玄家直系の娘が、必ず、後宮に入宮している必要があり、その為の位が『玄貴妃』で、皇帝と子を成すことそのものは、もちろん重要であれども、『玄貴妃』である必要はないのだとも聞いていた。それでも玄家から、出来ればせめて、次代の『正后』は排出したいのだ、とも。
俺の両腕に、遠慮なく縋りついてくる、見るもたおやかな玄貴妃の儚い美貌。
確かに、女の盛りを後宮に押し込められて、顧みられることもなく過ごすことは、どれほどの苦痛なのだろうかと思うと想像に難くない。
だからと言って、俺に縋ってくるなどと。
俺はまさか『玄貴妃』を乱暴に扱うわけにもいかず、何より女性特有の柔い両腕を振り解けず、彼女の成すがまま、縋られ続けるより他にない。
かと言って、なんと答えを返せばいいのかもわからなかった。
ましてや、これから何年経ったとしても、貴方の元へ皇帝が来ることなどないと聞いていますよ、などと。どうしてこれほどまでに嘆く玄貴妃に、突きつけることが出来るというのか。
「玄貴妃様、お気を確かに。この宮は寂れてなどおりません。きっといらっしゃれば陛下も、お気に召すことでしょう」
とは言え来ることはこの先もないのだろうけれど。
そう、思いながらもそこまでは言わず、ひとまず、嘘ではないだろうことを、繰り返していくしかない。
「そうかしら? お気を悪くなさったりしない?」
「ええ、勿論」
ぐすんぐすんとなく玄貴妃に、俺は努めて控えめに、それでも柔く微笑みで返す。
彼女の神経を逆なでしないようにと、ただそれだけに気を使って。
「ああ、凛々、そう、そうよね……外から来たあなたが言うのですもの、きっと間違ってはいないわ。なら、でもどうして……」
一度気を持ち直したかと思えば、また同じことを嘆き始める玄貴妃は、初めて示された時から何も変わらず、俺の答えなども勿論、半ば以上聞いてなどおらず。そうしてまた俺に縋りついたまま、ほとほとと涙を流すばかり。
俺は内心でうんざりしながらも、彼女が泣き疲れて気が済むまで、そのまま、意味のない返事を返し続けるより他にないのだった。
30
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

有能官吏、料理人になる。〜有能で、皇帝陛下に寵愛されている自分ですが、このたび料理人になりました〜
𦚰阪 リナ
BL
琳国の有能官吏、李 月英は官吏だが食欲のない皇帝、凛秀のため、何かしなくてはならないが、何をしたらいいかさっぱるわからない。
だがある日、美味しい料理を作くれば、少しは気が紛れるのではないかと考え、厨房を見学するという名目で、厨房に来た。
そこで出逢った簫 完陽に料理人を料理を教えてもらうことに。
そのことがきっかけで月英は、料理の腕に目覚めて…?!
料理×BL×官吏のごちゃまぜ中華風お料理物語、ここに開幕!

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…
東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で……
だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?!
ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に?
攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!

愛人は嫌だったので別れることにしました。
伊吹咲夜
BL
会社の先輩である健二と達哉は、先輩・後輩の間柄であり、身体の関係も持っていた。そんな健二のことを達哉は自分を愛してくれている恋人だとずっと思っていた。
しかし健二との関係は身体だけで、それ以上のことはない。疑問に思っていた日、健二が結婚したと朝礼で報告が。健二は達哉のことを愛してはいなかったのか?

6回殺された第二王子がさらにループして報われるための話
あめ
BL
何度も殺されては人生のやり直しをする第二王子がボロボロの状態で今までと大きく変わった7回目の人生を過ごす話
基本シリアス多めで第二王子(受け)が可哀想
からの周りに愛されまくってのハッピーエンド予定


悪役令息に転生したけど…俺…嫌われすぎ?
「ARIA」
BL
階段から落ちた衝撃であっけなく死んでしまった主人公はとある乙女ゲームの悪役令息に転生したが...主人公は乙女ゲームの家族から甘やかされて育ったというのを無視して存在を抹消されていた。
王道じゃないですけど王道です(何言ってんだ?)どちらかと言うとファンタジー寄り
更新頻度=適当

どうやら手懐けてしまったようだ...さて、どうしよう。
彩ノ華
BL
ある日BLゲームの中に転生した俺は義弟と主人公(ヒロイン)をくっつけようと決意する。
だが、義弟からも主人公からも…ましてや攻略対象者たちからも気に入れられる始末…。
どうやら手懐けてしまったようだ…さて、どうしよう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる