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二
しおりを挟む俺が生まれたのはこの世界随一の大陸の北部、大帝国・華――華国と呼ばれることの多い大国の二つ隣に位置する、小国だった。
否、正しくは華国と比べると小さい、というだけだけれども。
海に面していて交易が盛んで、それなりに栄えている国のはずだ。
独自の文化を保ったままの違い、他の国と文化などが近く、名前も様相もまるで違う。
それを思い知ったのは、実際に華国へと入ってから。
もう後戻りはできないのだと、自分を戒めるのと同時に、だった。
リンディーシェ・ベルフィキセアというのが、本来の俺の名で、華国からすると、様相と呼ばれる服装にしか馴染んでおらず、常識などもまるで違う。
そんな俺が、なぜこんな華国の最奥、後宮なんて場所で玄貴妃だとか呼ばれている女性のご機嫌伺いに赴かなければならなくなっているのかというと、それはひとえに、母を助ける為となる。
少しばかり馬鹿なことをした親族のとばっちりを受けて、すっかり没落してしまい、病がちになってしまった母を、遠方からでも何でも、少しでも楽にしてやりたくて。ああ、本当に人生はままならないことばかりだと溜め息を吐く。
なんで俺が、という恨み言は、なんとか胸の内へと飲み込んだ。
ちなみに、それでなぜ、このような状況となっているのかというと、それは結局、俺の出自のせいなのだけれど。
母は、先も言ったが小国の、一応は貴族だった。
華国の周辺国というのは、どうしても華国の影響を受けて、他の国とは少々文化や国の形態が異なる国が多いのだが、俺の生まれ育った国はそうではなく、貴族位も、爵位などがある国だった。
母の実家は伯爵家で、貴族としては、言わば普通、少しばかり高い方だっただろうか。勿論、侯爵家や公爵家には敵わない。
加えて母は家を継いだわけではなかったので、俺の家自体が、爵位を持っているわけでは決してなかった。後から振り返ると、それでよかったのかもしれないが。
そうでなければ連座で、もっとひどいことになっていた可能性もある。
そして、そうならなかったのは――……こうなったのは、逆に父の影響に違いない。
父は華国の、それも四家と呼ばれる領主家、玄家の当主を、かつて務めていた人物なのだから。
老いらくの恋。と、言うものなのだろう。
家長を後進に譲って、気ままに海外などへも旅行に行くようになり、その先で見染めたのが母なのだそうだ。
当時、母は未成年。反して父は、国に家族がいたという。
未知ならぬ恋だった。
少なくとも、俺の生まれ育った国においては。
けれど華国では、こと良家において、当主が複数の伴侶を持つのは珍しいことではないらしく、加えて既に隠居の身、母との婚姻は、特に咎めたてられたりするようなことではなかったのだそうだ。
それをいいことに父は母のいる国に腰を据え、生涯を過ごすつもりで根を下ろし、そして生まれたのが俺だった。
幼い頃は何も問題なんてなかった。
父の国に、母親の違う兄妹や親戚が多くいることは知っていたがそれだけ。何も憂うものなどなく育ってきた。
家自体は爵位を持たないとはいえ、父の華国での身分もあり、貴族に等しい扱いを受け、教育などに問題はなく、父が事業を立ち上げ、その事業がそれなりに軌道にも乗っていたのもあって、金銭的にも、それなりに裕福だったように思う。
全ては昔の話。
母の親類の不手際のせいで、何もかも変わってしまった。
老齢だった父もすでに亡く、今、母を支えられるのは俺だけだったのだ。
だから、耐えられる、構わない。
ここで、本来の性別とは違い、女性として扱われ、どのような態度を取られても。ここにとどまる長さの分、寿命が縮んでしまっても。俺には他に、出来ることなど何もないのだから。
「濡嬪」
辿り着いた栗北宮で、玄貴妃は今日もまた、泣き腫らした目をして俺を呼んだ。
「濡嬪、濡嬪、私を助けてちょうだい、濡嬪」
そして哀れっぽく縋りつく、柔い女性の体を、俺は今日も振り解けない。
「勿論、玄貴妃様。私に出来ることなら、何なりと」
そう、ひきつりそうになる笑顔を、保ち続けること以外は。
ああ、今日はいったいどんなことを言いつけられるのか。内心、憂鬱になりながら、だけどこれが、今の俺の日常だった。
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