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続編的番外編
x-2・ラルからの提案
しおりを挟む「お父君のご相談? いいんじゃない? と、言うか、アーディ様からご提案なら、断れないと思うけど」
父からの通信を終えた直後、仕事中なのはわかってはいたけれど、俺はラルの執務室へと押しかけた。
出来るだけ早く伝えた方がいい。
そう判断した為である。
ちなみに基本的にいつも抱いて移動しているまだ幼い娘……――名をナティアリセナ、愛称をナティという。は、父と話す前に侍女に預けたまま、今も連れてはいなかった。
ラルも一瞬気にした素振りを見せたけれど、いつもの侍女に預けていると伝えると、小さく頷いて、続けて口にした俺の話を聞いた反応が先程のそれである。
「いいのか?」
反対する、とまで思っていたわけではないが、あまりにもあっさりとした構わないとの返事に驚く。
なにせ悩む間もなく即答だ。
「うん。元々君のお父君に思う所は何もないしね。ちょっと自分が娶った妃の管理が甘すぎる所はあったけど、それさえもともといやいやだったのだと聞いたら、同情する部分がなくもない。好きでもない相手との結婚生活なんて、そりゃ色々と支障が出るだろうさ。もっとも一国の国王でそれはどうかとは勿論思うけど。君を迎えに行った時に見た限りでも、あの国がよくない状況なのはわかり切っていたし、あの国王にあれがどうにかできたとも思えない。逃げて正解だったんじゃない?」
思っていた以上に寛容な言葉の数々だった。
多分それぐらいにあの王妃が強烈だったということなのだろう。
隣にいた父が気の毒に思えるほど。
父はとにかくあの場において、どうにもないがしろにされている気配が拭えないような状況だったのだ。
仮にも国王であるにもかかわらず。
父のやらかしていたことを考えればさもありなん。
一年のうち、何か月も好きな相手を追いかけて国を空ける国王がどこにいるというのか。
責任も何もあったものではない。
実際に父に権限など何もなかった。それら全てを握っていたのは王妃である。あの王妃。
「何よりも君のお父君は、君と僕の婚姻を許してくれた。それだけでも僕には充分なんだよ」
それに関しては王妃も賛同していたようだけれど、推し進めたのは珍しくも父の方だとも聞いていた。
父なりに僕をコリデュア王国から逃がしたかったのだろうと。
もっとも、実際には父に逃がされずとも、何もなければあの直後、俺は自主的にナウラティスに戻っただろうけれども。
ラルからしたら、俺との縁を繋いだ人物、という風にも思っているということなのだろう。
「後はまぁ、さっきも言ったけど、アーディ様のお考えもあるって言うなら、ね」
いずれにせよ断ることなんて出来ないでしょ、なんて肩を竦める。
そんなものだろうかと俺は首を傾げた。
別に伯父は断った所で怒ったりなどしないと思うけれども。
ただ、なにがしかの思惑があるのだろうことは確かだ。
それはたとえ、俺に対して、ではなく、父が今度引き取るのだという俺の弟だか妹だかに関することなのかもしれない。
おそらく父の生活基盤を整えたいというのも間違いなく本音なのだろうとも思っている。
俺は伯父がそれぐらいには、俺達兄妹全員に可能な限り心を砕いていることを知っていた。
俺自身、お世話になった自覚があるのだから余計に。
「うーん、君が何に引っかかってるのかはわからないけど、もしお父君を助ける、って言うのに抵抗があるんだったら、アーディ様の手助けをする、って考えてもいいんじゃない?」
俺の態度がよほど煮え切らなく思えたのだろう、ラルの言葉を首を横に小さく振って否定する。
「いや、別に、父上を助けたいだとか、そういうわけじゃなく、」
ただ、正直俺にはあまり関係のないことなのに手を貸すのもどうなのか、そう思っただけだった。
後は俺に、出来ることがそうあるとも思えない。
父に商売をさせる? あの父に? いったい何の商売を?
俺は魔法や魔術はそれなりに使えるが、それ以外ともなると全く詳しくさえなかった。
「そう? じゃあ、いいじゃない。ああ、でも助言? だっけ。それってどうするの? 生活基盤を整えるって言うなら、リリフェステに行くってこと?」
俺は曖昧に頷く。
父は具体的なことなど何も言ってはいなかった。
だが、余程必要にでも駆られない限り、父はおそらくリリフェステから動かないだろう。
正直、父を養う、だけだったら呼び寄せるのが手っ取り早いし、それぐらいの余裕は俺にもラルにもある。
でも多分、求められているのはそうではない。
父がこれからもリリフェステで生活していけるように。父が、否、伯父が考えているのはその為の環境の構築だ。
その為には俺自身がリリフェステに行くのが一番早い。
ラルと離れて? 子供たちはどうするのか。
想像するだけで気が重かった。
いつの間にかこんなにも子供達と、否、ラルと離れがたくなっている。
「うーん。だったら……そうだなぁ」
ラルが何事か考えている様子を、俺は何も言わず大人しく待った。
俺自身、どうすればいいのかいまだ戸惑っているばかりだったからだ。
父に助言する。
それはいったい何をどうすればいいのか。
何も考えがまとまっていないのだ。
だからこそラルにこんなにもすぐに相談に来たとも言えた。
「みんなで行こうか。旅行がてら。ほら、これまであんまり遠出とかしたことないじゃない? いい機会だし、君のお父君には悪いけど、ご助言に関してはついでってことで。そうしたら君も気が楽だろう?」
「旅行のついで……」
ラルの言葉に目をぱちくりと見開いて驚く。
ぼんやりと復唱した俺に、ラルがにっこりと笑った。
「うん、そう、ついで。旅行がメイン。別にリリフェステは治安が悪いとも聞かないし、たまにはいいでしょ」
初めての家族旅行だね。
穏やかなラルの笑顔に、俺の中でなんとも言えない気持ちが湧き上がってくる。
でも、これはおそらく喜び、なのだろう、そう思った。
「幸い、今は仕事も立て込んではいないし、うーん、そうだな、2,3ヶ月なら大丈夫だと思う」
「えっと、それは、勿論、ラルも一緒に……?」
自身や仕事のスケジュールを思い出しているのだろうラルに、今更なことを確認してしまう。
先程、ラルと離れる、それは嫌だな、思ったばかりだったからだ。
ラルはきょとんと眼を瞬かせた。
「え? 当たり前じゃないか。僕が君を一人で送り出すとでも思ったの? 君もどうやらまだまだ、僕をわかっていないみたいだ」
悪びれながら肩を竦めるラルは、だけどずっと穏やかに笑っていて。
俺はなんだか泣きたい気持ちになった。
「それとも……嫌?」
少し不安そうに続けられ、ぶんぶんと激しく首を横に振る。
「う、ううん、嫌じゃない、う、嬉しいっ……」
「ならよかった」
よくわからない感情に思考がぐるぐるしている俺にほっと安堵したように頷いたラルは、ほら、言いながら手を広げた。
「ラルっ……!」
広げられた腕の中に飛び込む。
こんなの自分らしくない、思っても止められない。
「はは、珍しいなぁ、フィリスが甘えてきてる。大丈夫だよ。一緒に行こう」
「うん」
抱きしめられながら頷いた。
それは、リリフェステへの家族旅行が決定した瞬間だった。
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