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続編的番外編
x-1・きっかけは父からの連絡
しおりを挟む「なぁ、公爵閣下。そこのビショーネンもどきより俺の方がいい男だろう? 俺にしとけよ」
幸せにしてやる。
自信満々に言い切る男の後ろで、父がはわはわと慌てているのが見える。
男にそんなことを言われた公爵閣下……――つまり、俺の旦那でもあるラルは、これでもかというぐらいに顔をしかめている。
おそらくはものすっごく、男の発言に嫌悪を抱いているのだろう。
だが、男は全く気にした様子を見せない。
ここまで相手に構う様子を見せない男も珍しい。むしろいっそ感心しながら俺は……。
(どうしてこうなったんだろう?)
内心で首を傾げていた。
――きっかけは三か月前にさかのぼる。
ラルと結婚して10年。
3人目から少し時間を置いて、ほんの1年前に4人目となる女の子に恵まれた俺は、特に変わり映えのない生活を送っていた。
もし問題があるというなら、上の三人が最近頓に生意気になってきたことぐらいだろうか。
例えば俺とラルが仲良くしているところに行き会っても、
「ちょっとー、父様も母様もこんな所でやめてよね。せめて場所を選んで。親のそういうの、正直あんまり見たくない」
だなんていうようになってきたのである。
一番上の息子はもうすぐ10歳。
いわゆる思春期、だとか言われるような時期へと差し掛かってきていて、だから余計に、そういったことに敏感になってきている部分があるのだろうと思われた。
元より比較的しっかりしたところのある子だというのもあるのかもしれない。
あるいは長男だからなのか。
一番上がそんな風だと、下の二人も追随する。
特にそれぞれ、2歳ずつしか離れていない上の三人は仲が良くて。
なにやら俺やラルに内緒の話なんかも、それなりにしているようだった。
子供の成長というのはなんだか寂しいものだな、と思いながら、一番下の娘を抱え直したりなんかする。
そんな風に、ごくごく平穏に、特に大きな波風もなく、ラルとも変わらず睦まじく日々を過ごしていた。
そうやって、特に何もなく過ごしていたある日。
一本の連絡が俺の元へと届いたのである。
鳴らされた通信用の魔道具の先、顔を見せたのは、どこかやつれた俺の父親。
……――数年前、コリデュア王国の国名が変わった際、たまたま国を出ていて、そのまま戻らず、母の居るリリフェステに腰を落ち着けた母にしか興味のないろくでなしだ。
一応母に似ている俺のことは気にかけてはいたようだが、当時国王をしていた父に、必要以上に手をかけてもらったような記憶などない。
どころか、ほとんど立場だけとはいえ王妃が俺に何をしているのか、全く何も把握していないような父だった。
そんな父ではあったのだが、特に不仲というわけでもなかったので、特に父がリリフェステに腰を落ち着けてからは、時折連絡を取っていた。
その日もそんな不定期的な父からの連絡で、そして。
「はぁ?! 金がない?! なんだそれは、知りません。俺と一体何の関係があるって言うんです?」
父が気まずそうに告げてきた話に、俺は思わず声を荒げた。
俺のすぐ近く、同じ部屋の中で控えていたディーウィがもの言いたげにピクリと反応するが構えない。
それぐらいにはわけのわからない発言だった為である。
「いや、私としても今更お前に金の無心なんてするつもりはないんだ、ただ、先立つ物がないのは本当でね。困っていたらアーディ様が、」
アーディ様。
出てきた名前に眉を顰める。
またあの人か。
思わず内心で小さく吐き捨てた。
父はいわゆる亡命者である。
しかも今は亡き小国の。
渾身で国を捨て、自分の生命だけは守り切った。どころか、ことが起こった時に国にいなかったような男である。
ただ、そもそも国が傾いた元凶が王妃で、元より自国になど全く興味を持っていなかった父が、色々としがらみやら思惑やらで、王妃にむしろ蔑ろにされているような状態であったのも有名な話。
俺からすると、実際に蔑ろにしていたのは間違いなく父の方だと思うのだけれど、とかく王妃の態度は、誰の目から見ても非常に悪かったのである。
まるで悪女を体現したかのような見目だけが美しい女で、彼女の生んだ一人息子、王太子だった異母弟がまた、よくない人物であったのも手伝って、民の怒りだとかいうものは全て王妃と王太子に向けられていた。
その際に父が国内にいればまた話は違ったのだろうが、国内にすらいない、そもそも影の薄い毒にも薬にもならない国王。
そんな父に構う余裕がなかったというのもあるのだろう、国に戻りさえしなければどうでもいいと、王妃や王太子に詰め寄っていた者たちは父のことを捨ておいたのだそうだ。
そうして父は今ものうのうとリリフェステで母の側近くに侍っている。
父としてみれば、さぞや幸せな毎日であることだろうと思っていたのだけれど。
曰く、元々父は亡命するつもりで国を出ていたわけではなく、むしろ故国が戻れないような状態となったのは寝耳に水で。
これ幸いと、もう国に戻らなくていいということそのものにはほっとした半面、つまり、準備だとかが何もかも足りない状態であったらしい。
伝手もなく、職もなく。
いくら本人が厭っていても、腐っても王族、それまで人に傅かれるのが当然というような環境で過ごしてきた父だ。
父の側にいたのは、護衛を兼ねた父腹心の者たち数名。
今までは彼らに頼って、過ごしてきたのだとか。
だけど。
「いやぁ、一番力になってくれていた者がもう老齢でね。元々父の代から仕えてくれていた者なんだ。先日、限界を訴えてきたんだけど、彼が頼れないとなると早晩、生活が立ち行かなくなるのが目に見えていて、それで……皆が、商売でも初めてはどうかというんだが、何がいいのかもさっぱりで」
アーディ様からの推薦もあり、そんな諸々の相談相手として選ばれたのが俺なのだそうだ。
何を言っているんだこの男は。
俺は頭が痛くなる思いで顔をしかめた。
ちなみに俺自身は、国の名前が変わる数年前にラルの元へと嫁いできていて、それ以来一度もコリデュアに帰ってもいなければ思い入れも全くないので、やはり関係のない話で。
「あ、それにその、今度、新しく子供をくれるってリオル様が、」
更に続けて父の言いだした話に、俺の顔が苦く歪む。
どうやら近々父は、俺の妹だか弟だかを引き取る予定となってもいるらしい。
だから生活の基盤は安定させたいのだそうだ。余計に状況は切実で。
そこまで言われては、すげなく切って捨てることも出来そうにはなく。
何よりもあの伯父の推薦である。
「…………父上。ひとまず、ラルと相談してみます……」
「うん、お願いね」
弱り切った俺はひとまず全部を保留にして父からの連絡を終わらせた。
それが今回のきっかけであり、今からちょうど三か月前の出来事だった。
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