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110・招待に応じる③
しおりを挟む予定通りそれほど長くはない時間を経て、程なくして王宮に着いたらしい。
馬車が止まってもなおラルは俺を放さず、どうやらこのまま降りるつもりのようだと知った。
このままとはつまり、俺を抱えたままということだ。
馬車の窓にはカーテンがかけられていて、思えば外を見ることもなかったなと今更ながら認識する。
別に見たかったわけでも興味があったわけでもないのだけれど。ただ、中からも外が見れないということは、その逆もしかりで、つまり、俺がラルの膝に乗っていたことは、言ってしまえば前に座っているディーウィしか知らず、それ自体は幸いと言えただろう。
まさかそれを見越してカーテンを閉めたままにしていたのだろうか。
一瞬、ラルの気遣いかと思ったが、もうすぐにでも御者がドアを開けるという今の段階でなお、俺を放さないラルの様子から、単なる気のせいだなと思い直した。
「どうかした?」
「いや、なんでもない」
色々なことが顔に出ていたのだろう、ん? と不思議そうに訊ねられ、何もないと首を横に振る。
今の思考については、わざわざ言うようなこととは思わず、伝えるつもりなど勿論なかった。
ドアを開けた御者は、ラルと、ラルの膝の上に抱えられた俺に気付いた瞬間、案の定一瞬ぎょっと目を見開いたが、流石によく躾けられた公爵家の者だけあって、すぐに何でもない顔に戻して対応して見せた。
ラルは御者の驚きになど気付かなかったふりで俺を抱えたまま馬車から降りようとする。
「ラル」
流石にと、名を呼ぶことだけで咎めたら、ラルはあからさまに不満そうに、だけどしぶしぶ、俺を膝の上から逃がしてくれた。
「別にこのままでもよかったのに」
僕がずっと君を運びたかった。
なんて嘯かれて、頷けるわけがない。
「俺は自分で歩けないほど、情けない人間じゃないつもりだ」
「たったそれだけのことで情けないも何もないよ」
「ラル」
更に咎めると、ラルは肩を竦め、それ以上は食い下がらず、以降は俺のエスコートに終始し、俺は先に降りたラルに手を引かれ、馬車から一歩足を踏み出すことになったのだった。
しっかりと先触れを出していた為だろう、馬車回しには出迎えらしきものが何人かいて、その中の数人が、明確にじろじろと、どう考えても好意的ではなさそうな視線を俺に向けてきた。
いったい誰に何を吹き込まれているのか、もしくはどんな思惑があってのその視線なのか。
着いた途端にこれだなんて、この先が思いやられると内心で溜め息を禁じ得なかった俺を、まるでそんな視線から隠すようにラルが自然と立ち位置を変え、しっかりと全身で俺を支える態度を明確に示して見せてくれる。
途端に散ったいくつかの視線と、あるいは驚愕の気配と。それらもまたどういう意図を含むものなのかとも俺は思いながら、だけどどうしてか、俺を庇うようなラルの動作に、どくん、高鳴った鼓動を、俺は今、自覚せざるを得ないのだった。
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