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86・俺の話⑧
しおりを挟む父は間違いなく俺をかわいがってくれていた。
たとえその話題の8割以上が、母のことに終始していて、俺にかけられる誉め言葉がほとんど、母に似ている、一択だったとしても。
それでも確かに、かわいがってくれてはいたのだ。
「流石に俺もよく覚えてはいないんだけど、5歳までは多分、普通に育てられていたと思う。ただ、その後も寂しいだとか思った覚えがないから、関りは必要最低限だったかもしれないけど。王妃が父の元へと嫁いできたのは俺が2歳の時、王妃は当然それ以降ずっと同じ王城にいて、多分、俺に対する態度は初めから全く変わらなかった。つまり俺にとっての日常は、時折気が向いた時に父に構われるのと、必要最低限しか世話をしない周囲、そして会う度に罵声を浴びせてくる王妃が全てで、多分2歳の時からずっとそうで、俺はそれ以外知らなかった」
だから、それに対して辛いだとかなんだとかを本当に思ったことがなかった。なにせそれ以外を知らないのだ。何が辛くて辛くないのかさえ分からない。
それ以外を知らず、加えて何をされたところで、俺はそれらを全てなかったことに出来た。
「毒とか、怪我とかは俺に意味がなくて、毒なんて気づかずに毒じゃないものに変えてしまっていたし、怪我もすぐに自分で治した。王妃の言葉も、わけがわからないから何かを思ったりできない。他の人間は王妃の指示だか何だか知らないが、俺に関わろうとしない。父は気が向いた時に構うだけで、それ以外でやはり俺に興味を持っていないように感じられた。俺にとってはそれらが当たり前のことで、それが他の誰かにとっては当たり前じゃないんだってことを知ったのも、ナウラティスに行ってから。俺はコリデュアで俺の現状を知った伯父が、俺を抱きしめて泣きながら謝った時に初めて、どうやら自分の置かれた環境はあまり良くないものだったらしいって知ったんだ」
今にして思えば多分、幼少期に、人と関わらなさ過ぎたのではないかと思う。俺は多分、情緒を育てられなかったのだ。寂しい、だとか、構ってほしい、だとか。もしかしたら赤ん坊が当たり前に覚える欲求ぐらい、俺も覚えていたかもしれない。だが、そんな記憶は一切なく、俺は何も知らないまま。
「コリデュアの王城で。俺はいつの間にか部屋がなくなっていた。いや、記憶のある限り、部屋だとか寝台だとかで寝た覚えがない。でも、王妃が来るまでは多分、どこか宛がわれた部屋があったんじゃないかと思う。いかに母以外に興味のない父でも、引き取った初めぐらいは、俺を受け入れる体裁は整えるよう命じたはずだと思うから」
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