76 / 236
74・ラルの話⑩
しおりを挟むそのような父なので、本当にぼんやりしているのである。
ラルへ俺との婚姻の話などを持ち掛けたのも、王妃からの誘導もあったかもしれないが、父自身全く悪気無く、本当にそれが良いと思ってのものだった可能性が高い。
だからこそラルもきっと色々と誤解してしまったのだろう。
「君が今は国にさえおらず、それどころか、ナウラティスに行って以降6年間も、連絡一つ取っていないのだと知ったのは、全ての手続きが終わった後だった。王妃と会ったのも同じ時だね。国王からは言葉の端々などに、君への愛情や気遣いが感じられた。でも紛いなりにも立場としては、君の継母となるはずの王妃は……」
そこでいったん言葉を切り、ラルが苦く眉根を寄せた。おそらくは内心いまだに怒っているのだろう、気配が尖っている。
ラルを怒らせた王妃の発言の予想などいくらでもついた。
なにせ王妃は本当に大変に素直なのだから。
「信じられるかい? フィリス。王妃は……はは。そう呼ぶのも虫唾が走るね。あの女は君を悪しざまに罵ったんだ。君を求めている僕の前で! 何度も! 何度もだ! どれだけいっそ殺してやろうかと思ったことか。国王からのとりなしと、あの女の立場、まだ君に一度だって会えていないということ、手続き上とは言え、すでに君と婚姻が結べている事実がなければきっと既に実行に移していただろうね。たとえどんな手を使ってでも」
ラルは憎々しげに吐き捨ててうっそりと笑った。本当に王妃は何を言ったのだろうか。大方、俺の母を引き合いに出して、俺の出自の曖昧さや俺の身持ちが緩いだとかの主張をしたのではないかと思う。案の定、次いでラルは、取ったままだった俺の手をぎゅっと強く握りしめて、大変に言いづらそうに躊躇いがちに言葉を続けた。
「あの女は君を男娼だと言ったんだ……誰にでも足を開く、気の狂った男から生まれた、誰の種かもわからない君は、きっと母親と同じ薄汚い男娼になっているだろうと。そんなのでもいいだなんて、貴方も大概おかしな人ね、って。おかしな人間同士お似合いなんじゃないかしら、なんて嗤って。君の父は、それは王妃の思い込みで、君は確かに自分の息子なのだと否定していたのだけれどね。君の母親のことだって、確かに誰にでも足を開くけれど、そういう性質なだけなのだと言っていた。男娼などではない、自分の最愛なのだと。たとえどんな存在なのだとしても、君の母親のことを愛しているのだと。僕も思ったよ。もし万が一君が王妃の言うような存在でもいい。君であるならば、どんな君でも受け入れて見せようって。会ったこともなかったのにね。僕はそう、決意していた」
言いながら俺に微笑みかけたラルの瞳に宿っていたのは、あふれんばかりの俺への愛情と。そして隠し切れない狂気だった。
19
お気に入りに追加
1,822
あなたにおすすめの小説
皇帝陛下の精子検査
雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。
しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。
このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。
焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?
カランコエの咲く所で
mahiro
BL
先生から大事な一人息子を託されたイブは、何故出来損ないの俺に大切な子供を託したのかと考える。
しかし、考えたところで答えが出るわけがなく、兎に角子供を連れて逃げることにした。
次の瞬間、背中に衝撃を受けそのまま亡くなってしまう。
それから、五年が経過しまたこの地に生まれ変わることができた。
だが、生まれ変わってすぐに森の中に捨てられてしまった。
そんなとき、たまたま通りかかった人物があの時最後まで守ることの出来なかった子供だったのだ。
番だと言われて囲われました。
桜
BL
戦時中のある日、特攻隊として選ばれた私は友人と別れて仲間と共に敵陣へ飛び込んだ。
死を覚悟したその時、光に包み込まれ機体ごと何かに引き寄せられて、異世界に。
そこは魔力持ちも世界であり、私を番いと呼ぶ物に囲われた。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
【完結】おじさんはΩである
藤吉とわ
BL
隠れ執着嫉妬激強年下α×αと誤診を受けていたおじさんΩ
門村雄大(かどむらゆうだい)34歳。とある朝母親から「小学生の頃バース検査をした病院があんたと連絡を取りたがっている」という電話を貰う。
何の用件か分からぬまま、折り返しの連絡をしてみると「至急お知らせしたいことがある。自宅に伺いたい」と言われ、招いたところ三人の男がやってきて部屋の中で突然土下座をされた。よくよく話を聞けば23年前のバース検査で告知ミスをしていたと告げられる。
今更Ωと言われても――と戸惑うものの、αだと思い込んでいた期間も自分のバース性にしっくり来ていなかった雄大は悩みながらも正しいバース性を受け入れていく。
治療のため、まずはΩ性の発情期であるヒートを起こさなければならず、謝罪に来た三人の男の内の一人・研修医でαの戸賀井 圭(とがいけい)と同居を開始することにーー。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる