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74・ラルの話⑩

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 そのような父なので、本当にぼんやりしているのである。
 ラルへ俺との婚姻の話などを持ち掛けたのも、王妃からの誘導もあったかもしれないが、父自身全く悪気無く、本当にそれが良いと思ってのものだった可能性が高い。
 だからこそラルもきっと色々と誤解してしまったのだろう。

「君が今は国にさえおらず、それどころか、ナウラティスに行って以降6年間も、連絡一つ取っていないのだと知ったのは、全ての手続きが終わった後だった。王妃と会ったのも同じ時だね。国王からは言葉の端々などに、君への愛情や気遣いが感じられた。でも紛いなりにも立場としては、君の継母となるはずの王妃は……」

 そこでいったん言葉を切り、ラルが苦く眉根を寄せた。おそらくは内心いまだに怒っているのだろう、気配が尖っている。
 ラルを怒らせた王妃の発言の予想などいくらでもついた。
 なにせ王妃は本当に大変に素直なのだから。

「信じられるかい? フィリス。王妃は……はは。そう呼ぶのも虫唾が走るね。あの女は君を悪しざまに罵ったんだ。君を求めている僕の前で! 何度も! 何度もだ! どれだけいっそ殺してやろうかと思ったことか。国王からのとりなしと、あの女の立場、まだ君に一度だって会えていないということ、手続き上とは言え、すでに君と婚姻が結べている事実がなければきっと既に実行に移していただろうね。たとえどんな手を使ってでも」

 ラルは憎々しげに吐き捨ててうっそりと笑った。本当に王妃は何を言ったのだろうか。大方、俺の母を引き合いに出して、俺の出自の曖昧さ・・・や俺の身持ちが緩いだとかの主張をしたのではないかと思う。案の定、次いでラルは、取ったままだった俺の手をぎゅっと強く握りしめて、大変に言いづらそうに躊躇いがちに言葉を続けた。

「あの女は君を男娼だと言ったんだ……誰にでも足を開く、気の狂った男から生まれた、誰の種かもわからない君は、きっと母親と同じ薄汚い男娼になっているだろうと。そんなのでもいいだなんて、貴方も大概おかしな人ね、って。おかしな人間同士お似合いなんじゃないかしら、なんて嗤って。君の父は、それは王妃の思い込みで、君は確かに自分の息子なのだと否定していたのだけれどね。君の母親のことだって、確かに誰にでも足を開くけれど、そういう性質なだけなのだと言っていた。男娼などではない、自分の最愛なのだと。たとえどんな存在なのだとしても、君の母親のことを愛しているのだと。僕も思ったよ。もし万が一君が王妃の言うような存在でもいい。君であるならば、どんな君でも受け入れて見せようって。会ったこともなかったのにね。僕はそう、決意していた」

 言いながら俺に微笑みかけたラルの瞳に宿っていたのは、あふれんばかりの俺への愛情と。そして隠し切れない狂気だった。
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