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38・道中⑩
しおりを挟む何気なくそのまま、俺をやわく抱きしめるラルへ視線を戻すと、相変わらずどこか不思議そうな顔をしていて、またしても俺はラルたちにはわからない会話や指示を、どうもしてしまっていたようだと気付いた。
だから今度は説明のために、訊ねられる前に口を開いた。
「結界を頼んだんだ。物理的な接触を妨げる結界で、これはディーウィが一番得意だから」
言いながら再度向けた視線の先でディーウィは目を閉じて、胸の前で軽く両手を汲み集中していた。
「この結界だと、通行人とか動物とかも全部弾かれるんだけど、その分、盗賊とか刺客とかも入って来れなくなるから安全で。夜の間だけならいいかと思って」
そもそもどうもこの辺は、人が頻繁に行きかうような場所ではないように感じられた。その証拠に、此処までの行程で誰かとすれ違ったりもしていなければ、同じ方向に向かう者とだって、誰とも落ち合っていない。
否、国境を越えてしばらくはそういった者も見かけたのだけれど。
道を進めば進むほど、自分たち以外の気配がなくなっていった。特に、少し前に一度止まって、この先の行き方に迷っていた辺りからはそれはより顕著で。そんなにも荒れた様子の道でもないのだけれど。
「それとも、誰か通るかもしれない? 結界の範囲を、狭めた方がいいだろうか」
少し迷う俺に、ラルは首を横に振った。
「いえ、この辺りは通る人も少ないんです。先程、僕も迷っていたでしょう? 少し先に、魔の森に近づく所があるので。だいたい其処を避ける人が多いんですよ。だから、陽が昇ると同時に解いて頂けたら、おそらくは」
夜間に動く者など、ろくな者はいないと言われ、よかったとほっと息を吐く。先程まで辺りは真っ赤に染まっていたのだけれど、いつの間にか、もうすっかり陽は落ちている。
とはいえ、三台の馬車を配置したちょうど真ん中辺りにすでに火は起こされていて、ついでに灯り用の魔道具もいくつか置かれているので、周囲が見えないほど真っ暗というわけではない。
「結界も得意なんですね。貴方達に出来ないことは何もなさそうだ」
そんな風に続けられて、俺はやっぱり首を傾げた。
「結界ぐらいは、貴方達も張れるのでは?」
「半径1キロなんて大きさは流石に。精々数十メートルぐらいですよ」
それぐらいが一般的だろうと言われ、俺は目を大きく見開いた。
今日、俺は驚いてばかりだ。否、もしかしてそれはラルも同じなのだろうか。これほど感覚的なものが剥離していただなんて。
「この物理的な結界だって、フィリス様もお張りになれますからね。ただ、フィリス様がよりお得意なのはナウラティスの結界なんです」
ほんの瞬きの間に、俺の指示した結界を張り終わったのだろう、ディーウィがそんな風に口を挟んできた。
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