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34・道中⑥
しおりを挟む混乱した俺はバッとディーウィの方を見た。
この中で唯一、ナウラティス出身の人間である。ディーウィはにこと微笑んで口を開いた。
「確かに、気配を察知することそのものは、ナウラティスでは珍しくありませんね」
私は出来ませんが。
そう告げるディーウィに俺はほっと息を吐く。そうだろう、そうだろうとも。俺もオーシュも別に特殊ではない。それは確かに、他より少しばかり優れている部分もあるとは思うが、こと、感知能力については普通のはずだ。
少なくともナウラティスの俺の周り、特に護衛だとかで武芸を嗜んでいる者の中で、この程度が察知できないが出来ない者なんていなかった。
勿論、ディーウィのように、侍従や侍女などの武に寄ることのない使用人はその限りではない。
だが、この場には騎士のような護衛も何人か存在しているのだ。せめてその者たちぐらい、と思うのは、むしろ普通の感覚ではないかと思った。のに。
「ただ、それが他国でも通じるような一般的な者かと言われるとおそらくは違いますし、そもそもフィリス様もオーシュも、そういう意味では桁違いなんですよ。ただ、フィリス様の周りはそのような者たちだけで固められていましたので、フィリス様が勘違いしておられるのも仕方のないことだとは思います」
などと続けられ、ディーウィの言葉に、一瞬ぎょっとしていた周囲の者たちは、今度はほっと安堵の息を吐いていた。
俺は全く持って腑に落ちない感覚を味わう。何故だ。これぐらい普通ではなかったのか。
そんなディーウィと俺に、ラルは乾いた笑いを漏らした。
「は、はは。凄いね。フィリスがとんでもない人物だって言うのは、僕も知っていたつもりなんだけど……」
これは想定以上だと呟く。
その言葉には、素直な感嘆だけが含まれていて、俺はなんだか面映ゆい気分になった。
俺など、本当に大した存在ではないのだ。
父にとっても母にとってもおそらくは価値がない。
にもかかわらず、時折、ひどく大切な者のように扱われる。特にそれは、ラルからの態度がより顕著に感じられて。
正直な話、俺は少し戸惑っていた。
今だってそう。
「フィリスは本当に凄いんだね。素敵だ」
なんて、眩しい者でも見るかのように、俺を見てくるのである。こうなると俺はどうすればいいのかわからなくなって、ふいとラルから視線を逸らすことしかできなかった。
ちらと見たディーウィは、そんな俺ににこにこと笑うばかり。
なんだかおもしろくない気分で、さて、この面映ゆさをどうすればいいのかと途方に暮れかけたのとほとんど同時、何かを引きずりながら戻ってくるような気配が感じられて。
はっとそちらに向けて顔を上げる。
「戻ってきたみたいだ」
案の定、姿を現したのは、小柄な体躯に似合わない大男を二人ほど、足を持って引きずりながらこちらへ向かって、にっと笑みを見せたオーシュだった。
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