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18・伯父上の嘆き
しおりを挟むオーシュの怒りに心当たりがないわけではなかった。案の定オーシュは、
「だから言ってただろうがっ! あんな国とっとと縁を切っちまえってっ! アーディ様がお前を引き取るって言ってただろ!」
そうまたしても怒鳴り散らす。
本当にいい加減うるさい。そもそもオーシュは声が高いのだ。ずっと聞いているとキンキンして耳が痛くなる。
確かに、伯父上に引き取られていたならば、俺は諸手を振ってナウラティスの王族という立場を手に入れられたのだろう。実際に何度も誘いをかけて頂いていた。
伯父上は彼の国の前皇帝陛下だ。今は現皇帝陛下に譲位なさっていて、すでに数十年が経過しているそうなのだが、いまだにその権威は健在で、ほとんど国にいないにもかかわらず、彼の国の中で伯父上に出来ないことはおそらくほとんどないのではないかと思われた。
本来、何人いるのかもわからないような母の子供の面倒なんて、伯父上はいちいち見たりなどしない。俺は例外中の例外だ。なにせ母曰くの最高傑作。
「あの人が相手だったのに、こんなに母様と同じ存在が生み出せるなんて! 僕って天才なんじゃない?!」
と上擦った声で言っていた。どういう意味なのか。なんでも祖母に似ているのだそうだ。見た目から魔力の質まで全て。
そんな俺が、是非にと請われて渡したコリデュアで受けていた待遇を知って、伯父は怒り狂って、そして嘆き悲しんでいた。
「すまない……君をこんな境遇に置いておいたなんて……」
今でも。そう告げる、初めて会った時の伯父の揺れた声音が、耳にこびりついて離れない。
いつも泰然とした伯父があれほどまでに弱った姿を俺が見たのは、後にも先にもそれ一度きりで。余程、俺の状況は、伯父にとってショックであったようだった。
俺は何も気にしていなかったのだけれども。
だって俺には結界が張られたままだったのだ。俺自身では自分でも解けないそれの所為で、直接、害されたわけではない。言うならばひたすらに放置されていただけだ。
コリデュアのあの王城で。俺に構う者は父以外にはいなかった。
それでも確か、五歳までは。ちゃんと育てられていたはずなのだけれど。王妃に、弟が出来るまでは。
もっとも、そんな時の記憶など、幼すぎてほとんどない。
とにかく、そんな伯父の誘いをはねのけて、コリデュアの第一王子であり続けたのは俺の選択だ。
だからこそオーシュは今、俺を責めている。
「そうは言っても。伯父上に其処までして頂く理由もないだろ。6年も面倒見てもらって、学園にまで通わせてもらった。それで充分だよ」
それだって俺には過ぎた待遇だった。
ため息とともに肩を竦めると、オーシュは言葉にならないとばかりにわなわなと拳を震わせて。
「お前はっ……お前は、いつもそうやってっ……!」
「オーシュ!」
今にも殴り掛かってきそうなオーシュを止めたのは、今まで何も言わなかったディーウィ。
ぎゅっと握り込んだオーシュの拳を、上から宥めるように包み込んでいる。
オーシュはこらえきれない激情に駆られながらも、結局それをぶつけることはせず、ディーウィに縋るように身を寄せた。
「申し訳ございません、公爵閣下。お見苦しいところをお見せして。フィリスも。オーシュは僕の方で宥めておくから。今は……いいかな?」
ラルと、俺にも謝罪したディーウィがこの場を辞したいと、確認を取ってきたので、俺は躊躇いがちに頷いた。ディーウィの言うとおり、今はオーシュをディーウィに任せて、宥めてもらった方がいい。
「ああ」
「よかった。じゃあ、とりあえず外に出るね。近くにはいるから、何かあったら呼んで。明日の朝はこちらに来たらいい?」
それに関してはラルに視線を向けると、コクリと小さく頷いていたので、俺も改めてディーウィに頷いた。
「ありがとう。なら、明日の朝に。公爵閣下も。失礼いたします」
ディーウィはほっとしたように顔を綻ばせ、丁寧な礼を残し、オーシュを連れて部屋を出ていった。
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