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17・護衛の怒り
しおりを挟むラルが小さく頷きながらおもむろに口を開く。
「4年前に、映像媒体で貴方を見たんです。……それがなんの映像媒体だったかは申し訳ないけど忘れてしまっていて。なにかの発表だったはずなんですが。――……それの発表だったのでしょうか?」
「いや、4年前だと別の……」
何かまでは俺自身も覚えていなかった。ただ、この転移陣を作成したのが4年前ではないことだけは確か。
ラルが俺を見初めただとか言う時の話なのだろう。
「映像媒体? ……おい、フィリス。その公爵様とは以前から知り合いだったわけじゃないのか。婚約者だっただとか」
ラルの言葉を聞き咎めたのはオーシュだった。
まさかとばかりに訊ねられ、俺は首を横に振る。
「いや、今日が初対面だ」
「は?! 初対面だと?! それでお前、既に……」
正直に事実を伝えるとオーシュはまたしても怒りもあらわに俺を怒鳴りつけてきた。
その上、視線がつと俺の腹の辺りまで下りる。
俺はそう言えばと思い至った。
馬車の中で昼間、ラルの魔力を注がれたから。
留めず馴染ませたのだが、それでもそう言った行為に至ったのはわかってしまったのだろう。
明確に多くの他者の魔力が混じっているのだ、わからないはずがない。
俺はひょいと肩を竦めた。
「もう夫婦なんだ。遅いか早いかの違いだろう」
だから拒否せずに受け入れたのだ。
俺の返事にオーシュはこれでもかとばかりに苦い顔をした。今日はずっとオーシュのこんな顔しか見ていないなぁと俺は思う。
当たり前と言えば当たり前だろう。護衛対象が、自分が仕方なく離れている間に全く予想外の存在から手を出されていたのだから。その上、すでにその誰だかもわからない相手と婚姻を結んだと言われた。その衝撃は、俺でさえ想像できるものだった。
だから、悪いことをしたな、とは思うのだ。思った所で何も変わらないけれども。
「だからって……お前、そこまで軽率じゃなかっただろ……なんでよりによって……」
頭が痛いと言った様子のオーシュと俺のやり取りを、ラルはにこにこしながら見つめるばかりだった。
この状況でこの笑顔。相変わらず何を考えているのかわからない所が凄い。
なお、ディーウィはオーシュの傍らで、オーシュが率先して話しているからだろう、戸惑った表情のまま口を噤んでいる。
苦い顔をしたオーシュがきっとラルを睨みつけた。
「おい。ラギリステ・リヒディル公爵閣下。お前はこいつが誰だかわかっていて婚姻を結んだのか」
「オーシュ、」
おいだとかお前だとかとんだ無礼だ。窘めようと名を呼んだが、
「お前は黙ってろ。俺はこの公爵閣下に聞いてるんだよ」
などと、主人を主人とも思っていなさそうな口調で叱られた。何故だ。
「勿論。わかっていないはずないでしょう? それにしてもフィリスがまだコリデュアの第一王子のままでいらして下さって助かりました。あちらには僕などでは到底婚姻など申し込めませんが、コリデュアは違いますからね。打診するとすぐに快く了承して頂けましたよ」
にこと、自分の幸運を言祝ぐ。ラルの話を聞いてオーシュはまたしても目を吊り上げて、今度は何故か俺へと怒りを向け始めたのだった。
「フィリスっ!」
だから、なぜ俺に怒るんだ。
俺はうんざりと溜め息を吐いた。
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