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4・結界を解く
しおりを挟む俺はこれまで誰かと触れ合ったことなどなかった。
そんな行為そのものにさえ、興味を引かれたことがない。
知識としては知っていた。祖国で得たものではなく、つい先日まで留学していた、彼の大帝国で得た知識だった。
俺は第一王子という立場であったにもかかわらず、祖国ではろくな教育を受けておらず、それらを補えるように手配してくれたのは伯父で、他でも伯父にはいろいろと世話になっていて、俺は今では伯父には全く頭が上がらなくなっていた。どれほどの感謝を捧げてもきっと足りないことだろう。
その時に授けられた知識の中に、そういった閨ごとに関する物も含まれていたのだ。その後、母にも実際に会って、なるほどと色々と納得した。
おそらく閨ごとの諸々なぞ、数日母と共に過ごすだけで、充分すぎるほどに理解出来ただろうと思われるが、伯父は子供である俺が母の側で過ごすことなど許容せず、おかげで俺は会いはしても、母とはまともに接しないまま。
しかし俺としても、別に母と親しくしたいだなんて希望はなく、それに対しては特に不満を感じてはいない。
とにかく、だから、閨ごとのことは知っていて、だけど知っているだけなのである。経験なぞ、当然ない。
ラルが席を立ち、俺の隣へと移動してくる。
馬車がガタとラルの動きに合わせて揺れたように思えたが、もしかしたらそれは関係なく、道の所為の揺れかもしれなかった。
どうでもいい話だ。
ただ、今、ラルが俺の隣に座り直して、俺へと手を伸ばしている。それだけが事実。
俺は伸ばされる手をじっと見つめながら、そう言えばと、馬車に乗り込む時のことを思い出していた。
俺は突然、父からラルのことを旦那だと紹介された後、まったく何にも逆らわずに、促されるまま、ラルと共に馬車へと乗り込むことになった。
すぐにもアンセニース大王国に向けて出発するのだという。
ラルは当然の顔をして、俺をエスコートしようとした。
だが、ラルは俺に触れられなかったのだ。
ラルは呟いた。
「結界……」
すっと目を細めて俺を見る。
俺はラルの呟きで、ようやく自分自身に自分で結界を張っていたことを思い出した。ナウラティスの守護結界。悪意や害意を寄せ付けない。
ナウラティスでは当たり前に過ぎて、俺は自分にもそれをかけていたことをすっかり忘れていた。同時に伯父に、決して自分にかけたそれを解かないようにと言い含められたことも思い出す。
だけど。
ラルは結界に弾かれた。つまりラルは俺に、否、俺ではなくても誰かに悪意、あるいは害意を抱いているということだ。
俺は結界を解いた。
これを解くということは、俺は全くの無防備になるということで、誰かの害意や悪意に晒されるかもしれないということ。
別に構わないと判断した。
そもそも、旦那であるラルが触れられないだなんて。夫婦なのだ。自分の旦那を、結界で弾くことなどできない。
「ラル」
俺の方から近づくと、何かに気付いたのか、ラルは改めて俺へと手を伸ばして。先程の表情など全くなかったかのように、にっこりと底の見えない笑みを浮かべ、俺を改めてエスコートして、馬車へと乗り込んだのだった。
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