82 / 82
補足その他ちょっとだけ続きとか
x-9・愛の言珠⑨
しおりを挟む言葉はそれほどまでに重要だろうか。
答えなんて決まっている。
重要だ。
そうなる。
でも同時に、そこまで重要でもないような気もした。
もやはよくわからない。
好き、とはいったい何なのだろうか。
アンリセア嬢の話を思い出すと、俺にはよりわからなくなる。
ロディスは俺に好きと言わない。
だけど俺のことが好きなのだろうとは思う。
その気持ちは疑えるようなものではない。
俺も、きっとロディスを好きだ、とは、思うのだ。
でも、どこが、と言われたら、アンリセア嬢のように、言葉に出来るとは思えなかった。
とは言え別に、どこが、というのが知りたいわけでもなくて。
難しいと頭を抱えた。
「言葉が欲しいってのは、俺の我儘なのかな……」
部屋に一人きり。
流石に入浴は、毎日共にしているわけではないので別々だ。
俺は先に湯を使い終わっていて、今はロディスがそうしていた。
だから部屋に今は一人。
なんとなく寝台に上がる気になれず、ソファの上に乗り上げて両足を抱えている。
昼間のサーラとの話と、もうそろそろ数ヶ月は前になる、アンリセア嬢とのやり取りを思い出していた。
好き。
それが俺にはひどく難しくて。
ロディスは変わらない。別に変って欲しいわけでもない。でも。
「言葉は、やっぱり欲しいと思う……」
一言でいいのだ。
たった一言。
その言葉が聞きたい。
自分がなぜ、こんなにもそんな、言葉なんかにこだわっているのかがわからなかった。
ただ、そう言えばと、以前から少し思っていたことを、なんとなくサーラに話してみただけだったのに。
なのに一度そんな話をしてしまうと、言葉が欲しくて堪らなくなった。
自分だって言葉にしたのは一度きり。自分のことを棚に上げて。
思うとやはり我が儘だ、自分でもそうとしか思えない。
でも。
好きって何なのだろうか。
そんなにも言葉にできないものなのだろうか。
もう、よくわからなかった。
「リティ?」
「っ?!」
余程、俺はぼんやりしてしまっていたらしい。
普段なら気付けるのに、声をかけられるまで、ロディスが戻ってきていることに気付けず、いきなり声をかけられたような気持ちになって、びくっと肩を震わせてしまった。
いつにない俺の反応に、ロディスも驚いて目を見開いている。
「どうかしたのか?」
心配そうな顔。
ああ、そうだ、不機嫌、以外なら、こういう顔も見なくもない。
「あ……いや、ちょっと、考え事を、していて……」
考えていたことが考えていたことなのもあって、なんとなくしっかりとロディスのことが見られなかった。
なんだか恥ずかしい。
だって言葉一つ。
そんなものを欲しがっているだなんて。
「考え事? 何か気にかかることでもあるのか?まさか、仕事のこととか、それとも、」
途端、険しくなっていく顔は、結局、心配ゆえなのだろう。
いつも通りだ。
いつも通りの心配症で、いっそ過保護なほどのロディス。
俺は慌てて首を横に振る。
「いや、違って、そうじゃ、なくて……」
「なら、いったい、まさかまたあの女っ、」
「え、いや、違う、関係ない、彼女とは会ってないっ!」
何も言われたりなんかはしていない。
あの女、はつまりアンリセア嬢のことを指している。
あの事故の後。誰もアンリセア嬢のことを責めない中、唯一、怒りや苛立ちをあらわにしていたのはロディスだった。
とは言え、だがもちろん、ロディスは彼女に何かをしたわけではない。直接怒りをぶつけたわけでも何でも。
そもそも顔さえおそらくは合わせていないだろうから、いったい何が出来るというのだろう。
だけど俺の前ではこうして、彼女に対しての苛立ちを見せる。
俺が彼女からの謝罪を受けたのが、ロディスのいない間のことだったから余計に、なのかもしれない。
こんな風に、俺の前では自分の感情を隠さないロディスは、当然俺への好意だって隠したりなんてしなくって、なのに。
「リティ?」
おろおろと俺を気にかける雰囲気がある。
こんな些細なことだって、言葉なんてなくてもわかるのだ。
わからないわけがない。
ロディスは俺に笑顔を向けたりなんかしない。むしろいつも不機嫌な顔ばかり見せる。ああ、でも最近はこうして、心配そうにしたりするようになってきただろうか。
これは初めて見るロディスの姿だった。
なんとなく腹が立ってくる。
たかが言葉一つ、されど言葉一つ、だ。
好き。
それはたった二文字の短い一言。
ロディスから、一度も、俺が言われたことのない一言。
なんとなく面白くなくて口を尖らせた。
なんとなく思い立って、ソファから立ち上がる。
ロディスは立ったままだったから、向かい合うことになった。
呆れるほど背が高い。見上げなければならないのが腹立たしい。
睨み付けた。
余程きつい眼差しになってしまっていたのだろう、ロディスが珍しくたじろいだ。
「リ……ティ?」
口をこれでもかとへの字に曲げる。
たかが言葉一つ。
されど、言葉一つだ。
「なぁ、ロディス」
問いかける。
「俺のこと、好き?」
逸らしたくなるのを必死に我慢して、まっすぐにロディスを見た。
するとそう訊ねた瞬間、ボンっと音が鳴るかのよう、一気にロディスの顔が真っ赤に染まったのがわかる。
こんな顔を見て、どうしてロディスからの好意を、疑えるというのだろう。
好きって何だろうか。
どうしてこんなにもままならない。
「なぁ、ロディス」
言葉で迫った。
じっと見つめて、答えて欲しいと。
俺の顔だってきっと赤くなっている。
「ぁっ、うっ……!」
ロディスが息を詰める。
真っ赤なまま。気まずげに揺らぐ顔。
でもその口から言葉が出て来ない。
段々、腹が立ってくる。
なんで言葉にしてくれないんだろうか、そう思ったら、なんだか気持ちが高ぶってきてしまって。
目が潤むのを自覚した。
ああ、これではアンリセア嬢のことを何も言えない。
たったこれだけのことで、こんな顔をしてしまうだなんて。
ロディスが目を見開いていく。
「言葉に、して」
ぼそと、震える声を吐き出した。
「なぁ、ロディス」
本当に、俺のことが好きなんだったら、ちゃんと言葉で示して欲しい。
滲む視界のまま、じっとロディスを見つめ続ける俺に、ロディスはごくと一つのどを鳴らして、まるで覚悟を決めたかのような顔をした。
戦慄いた唇がゆっくりと開いていく。
「リ、リティ、お、俺はっ……リティの、ことがっ……!」
その先にある言葉なんて、一つだけだ。
そのはずだ。
だから。
俺はただ、その言葉の先を待ち続けた。
Fine.
51
お気に入りに追加
1,114
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(6件)
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
かきまぜないで
ゆなな
BL
外科医としての腕は一流だが、クズな医師沢村と幼いときの病が原因で、発情期が来ない研修医のΩ高弥は顔を合わせればケンカばかり。
ある日大嫌いな沢村の前で高弥は初めての発情期を起こしてしまい……
性格最悪なクズ男と真面目な研修医のオメガバースの話です。
表紙をいろさんhttps://twitter.com/@9kuiro に描いていただきました!超絶素敵な二人を描いてもらって夢のようです( *´艸`)
※病院が舞台であるため病院内のことや病気のことについての記述があります。調べたつもりではありますが、医療従事者等ではございませんので、重大な間違いなどあるかもしれません。
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
読み進めています。
誤字報告です。
15話 11段落目
不機嫌を通り越して起こっているとしか…
→怒って
ご指摘&読み進めて下さってるとのこと、ありがとうございます!
修正しておきました〜!
誤字報告です
12話 7行目
求める者 → 求める物 または 求めるもの
ご指摘ありがとうございます〜!
助かります!直しておきました!!
面白かった〜。不器用な二人のハッピーエンド、ストレスなく読めました。でも最後まで明かされなかった『ロディスがアンリセア嬢に柔らかく微笑んでいた』状況が気になる。予想としてはリディの話をしていたのかなぁ、とは思ってますが…
感想ありがとうございます~!
面白いって言ってもらえてとても嬉しいです!ストレスなく読めた、とのこと、よかったです!!
おっしゃってらっしゃるシーンは正直入れようと思って入れそびれた部分なんですけど、ただ、多分予想していらっしゃる通り、リティ関連の話をしていたのだろうとは思います。(そのつもりで書きました。)
あとは、問題の状況についてを明かそうと思うとロディスの口から、とかになるのですが、肝心のロディスがさっぱり忘れてしまっていることにしてしまった為、入れられなかったという事情もありますw
ロディスはとかく、アンリセア嬢のことなど全く眼中になかったので、彼女に関連することなど全く何も覚えてはいないのです。
なんか変な女がよく会いに来るなぁ、ぐらいの感情です。
よって彼女とどんな会話をしたのかなど何も覚えてはいません、もしかしたらそもそも会話など碌にしておらず、微笑んでいたってのもただ思い出し笑いしてただけの可能性があります。
ただ、笑っていたとしたら、リティ以外に理由はないだろうな、とは……
力不足で申し訳ないです~!
お読みくださって、かつ感想まで!ありがとうございました!