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69・一人
しおりを挟む夢を見ていた。
否、それが本当に夢だったのかさえ分からない。
多くは、少なくとも俺の認識ではただの過去の記憶だった。
夢の中で……――記憶の中で。
俺はずっとロディスを見ていた。
俺より半年だけ早く生まれた、同じ年のはずの、なのに俺よりも大きい男の子。
いつも、姉や妹や俺とではなく、兄たちに混じっていて。
羨ましくてならなかった。
『僕もあっちに混ざりたい!』
なんて何度も主張したけれど、すぐにみんなが顔を曇らせて心配だって言ってくるから、俺はすぐに諦めて、ロディスを眺めるだけになる。
一緒に遊びたいのに、叶わない。
俺がロディスを見ているのと同じだけ、ロディスもまた俺を見ていた。
ぎゅっと顔をしかめて、いつもいつも険しい顔で。
(嫌われている……)
そう気づくのに、時間なんてかからない。
胸が痛かった。
心臓がぎゅってなって、苦しくて。
そうしたら俺の顔だって歪んでしまう。
(どうしてそんなに僕を嫌うの?)
ロディスと俺は同じ家で遊んでいても、実はそれほど関われているわけではなかった。
なのにいったいどうしてなのか。
俺がじっと見ていたのがダメなのか。
ロディスは俺を見る時だけ顔を顰めて。
部屋の外と中。大きな隔たり越しにお互いを見つめ合う。
そしてぎゅっと顔を歪めあった。
だけどどうしてだろう、そんな風に碌に一緒に遊べもしなかったのに、気付くとロディスはいつも俺の側にいた。
顔を歪めながら、いつも俺の側にいる。
わけがわからない。
そんな風に不機嫌な顔をしているくせに、なんで俺に近づいてくるのか。
胸が痛い。ずきずきする。
ロディスのそんな顔なんて、全然ちっとも見たくなかった。
(僕が嫌いなのなら、近くに来なければいいのに)
思いながらも自分から離れることは出来なくて。
そうして一緒に育ってきて、数年。学園に入る直前。
「ロディス様に近づかないでっ」
そんなことを俺に訴えてきたのは可愛い女の子だった。
目にいっぱい涙をためて、全身でロディスが好きなのだと言っている。
しまいには泣き出した彼女は可愛くて可愛くて。
(いいなぁ……)
胸に去来した羨望を、俺は自覚せずにはいられなかった。かと言ってそんなもの、認められるわけもない。
だって俺は別に可愛くありたいわけじゃないのだ。でも。
「リティはとても可愛いから……」
「リティほど可憐な存在なんていないよ」
「ああリティ、せっかく可愛いのだから、可愛くしていましょうね」
母や、父や、兄たち、姉、果ては妹にまで。何度も何度も浴びせられたそんな言葉。
どうやら自分の容姿は可愛いものであるらしいと、自覚せずにはいられなかったその言葉たち。
全くちっとも嬉しいとは思えなかったけれど、そう言って心配そうにしていたり、ふわふわと笑いかけてくる、そんな家族が俺に向けた気持ち、それそのものは嬉しかった。大切だった。
でも俺はいつも心配ばかりかけていた。
可愛くなんてあれなかった。
(もし、僕がこの子みたいに、中身まで可愛ければ、みんな心配しなかったのかな……)
そうしたらロディスも俺を見て、顔を歪めたりしなかったのかもしれない。
羨ましかった。
目の前の女の子が、羨ましくて羨ましくて仕方なかった。
それはロディスのことを羨ましく思ったのと、同じようで違う感情。
見た目だけならきっと、俺だってこの女の子と同じぐらい可愛い、はずだ、多分。
でも俺はこの子みたいに可愛くあれない。
その女の子みたいに、可愛くありたいなんて思ったことは一度もないのに、可愛くあればよかったのかもしれないと、そうあれない、そうありたいと思えないことに対するわけのわからない罪悪感が俺を襲った。
だから俺は彼女を前にするといつも戸惑って、何も出来なくて。
そんなにもロディスのことが好きなのだったら。
きっと、ロディスだって、俺よりも。
特に一度、ロディスが彼女へと笑いかけている場面を見てしまってからはそれがひどくて。
勿論、そんなもの、何回も目にしたわけじゃない、でもロディスの表情が、俺に対するそれより少なくとも不機嫌そうでなんてなかったのは本当だった。
俺はロディスから離れようとした。
彼女と会話する度に、何度も、何度も、何度も!
なのに、なぜだかロディスは俺から離れなかった。
いっつもこれでもかと険しい顔ばかりしているくせに、どうして俺に近づいてくるのだろうか。
そんなロディスの顔なんて、俺はちっとも見たくないのに。
俺の顔も歪んでしまう。
「近づいてくるなよっ」
勿論、言葉でも拒絶した。なのにロディスは離れない。
学園の専科も、就職先までもを俺に合わせて来たロディス。
にもかかわらず、魔法魔術は全く苦手ではない俺に向かって、向いてないからやめろだとか言ってくるロディス。
どれだけ嫌われているというのだろう。
そんなロディスなんて、俺だって嫌いだ。
嫌い、嫌い、嫌い。
言い争いなんて数えきれないぐらい繰り返してきて、時には殴り合ったりまでして、だけど離れないロディスに、俺はもしかしたら安心してしまっていたのかもしれない。
きっと何をしても、ロディスは俺から離れないんだって、そんな風に。
だってロディスは俺を助けてくれた。
嫌いなはずの俺を、一番に見つけるのは決まってロディス。
何か困った時に、手を貸してくれるのはロディス。
「余計なお世話だっ!」
なんて悪態をつくばかりで、俺は素直にお礼の一つも言えないのに、ロディスが俺から離れたことなんてない。助けてくれなかったことなんて。
いつの間に俺は、こんなにもロディスに甘えていたんだろう。
わからない、わからなかった。
でも。
ロディス。
俺はお前が、ずっと俺の側にいてくれるのだと思っていたんだ。
俺から離れていくことなんてないって、そう。
なのに。
あんなのは、駄目だろう?
お前の意志じゃなく、俺から離れようとするなんて。
否、お前の意志だったとしてもきっと俺は認められないけれど、それでも。
生きてさえ、いれば。
なぁ、ロディス。
俺から離れていこうとしないで。
俺を置いて行かないで。
俺を一人にしないで。
なぁ、ロディス。
いっそ、俺も一緒に……――。
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