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65・面倒(ロディス視点)
しおりを挟む全てが順調だった。
不満があるとすればリティが仕事を辞めなかったことと、伴侶となることに頷いてくれなかったことぐらいで、でもリティは私を拒んだりはしていなかったし、それらもリティの中で整理したいだとかそう言ったことなのだろうと私は認識していた。
つまり、時間が必要なだけで、結果がおかしくなるだなんて思ってもみない。
何も不安なんてなかった。
もともと私がリティに好意を寄せているのは、両親も、リティの両親も兄弟も私の部下たちも全員が知っていることだったのだ、そんな私とリティが結ばれた。
祝われない、はずがない。
呆れたような言葉や眼差しを寄越されることこそあれど、誰からも反対なんてされなかった。
なのにどうしてこんなことになったのだろうか。
きっかけはあの女。
学生時代から私に付きまとい続けてきた彼女。
アンリセア・ダリティネ子爵令嬢。
とても小柄な、いつまで経ってもまるで子供のような女性である。
「あ、アリーと……ぜ、是非、そう呼んでください、ロディス様……」
そんな風に頬を染めながら恥ずかしそうに申し出られたって、戸惑うだけだし、嫌だな、としか思わない。
ちなみに勿論、一度としてそんな風に呼んだことなどない。
彼女に対する私の態度は、はっきり良くなかったことだろうと思う。
だが、なら、他にどうすればよかったというのだろう。
彼女は大変によく泣いた。
と、言うより見るといつも泣いていた。
多分、そういう性質をしているのだろう。
そうするとどうしても回りが、特にリティが気になってしまうようだからやめて欲しいのだが、彼女の意志と関係なくそうなってしまうのだとしたら、病気のようなものなのだろう。ならば仕方がないのだろうと、私は気にしないことにした。
それで回り中から窘められることがままあったが、しかし私に出来ることなど何もない。
だってあれは彼女の抱える病気のようなものなのだから。
私はそのような病気を治す術など持たないし、治したいとも思っていない、否、それぐらい彼女に興味も関心もなく、何故だかよく私に会いに来てくれるのだが、やめて欲しいとばかり思っていた。
会っても彼女は泣くばかりなのに、どうして会いに来るのかも全くわからない。
そういった奇行も含め、そういう性質を持つ存在なのだろうとだけ私は解釈していた。
数日前、そんな彼女が、何故だか私ではなくリティの元を訪ねたのだという。
リティは彼女を苦手としている。
彼女が泣いてしまうと、どうしても戸惑ってしまうようなのだ。でも、ならどうすればいいのかがわからなくて途方に暮れてしまう。
リティは今、私の子を成していて、つまり言うならば大切な時期。
リティの心を煩わせたくはなかった。
だから彼女を、リティから引き離そうと思って駆け付けた、なのに。
リティを彼女から離すことは出来た。
それはよかった。それで終わりのはずだった。
なのにどうして、そんな話になったのか。
彼女は、近々ある魔の森の見回り任務に同行したいなどと言いだした。
わけがわからなかった。
曰く、
「ロディス様のお役に立ちたいのですっ! リティ様よりも私の方がずっとお役に立てますっ! だからっ……!」
とのことなのだが、全くわけがわからない。
私の役に立って、それで何がどうするというのだろう。
それにリティがどうしたというのか。
私はリティが私の役に立つから好意を寄せたわけではない。
リティはリティであればよいのだ。役に立つ必要なんて全くない。
ただ、私のそばにいてくれればいい。
それ以上なんて何もないというのに、彼女は何を言っているのか。
部外者の任務への同行は、別に禁じられているというわけではなかった。
特に本人の希望があり、その希望者の周辺の存在、例えば親兄弟であるだとかが了承しているようならば、余程でもなければ拒否するようなものでもない。
しかし魔の森の見回り任務と言えば、我が魔術士団の職務内容の中でも、一番危険度の高い任務となる。
私が、間違っても絶対に、一番リティから遠ざけておきたい任務でもあった。
魔の森の見回り任務となると、魔獣との戦闘が発生する可能性がある。
そうしたら、剣術や体術などを修めていないリティの用いる手段は魔法、あるいは魔術。
リティは魔法や魔術が得意だ。普段なら特に問題はないだろう。
現に今まで何も問題など発生しなかった。
否、それでも出来ればリティから遠ざけておきたい任務であったことは間違いなく、それもありリティには早く仕事を辞めて欲しいと願い続けてきたのだけれど、それはともかく。
今、リティは子供を宿している。
子供には魔力が必要だ。それも、出来るだけ多くの。
リティ一人分では足りないから、私が魔力を注いでいるのだ。
そんな状態で、魔法や魔術なんて。出来れば使用して欲しくなくて。
なのに。
ダリティネ子爵令嬢は泣いて泣いてどうしようもなくなって、そうしたら部下がかわいそうだとかなんだとか言い出して、自分達が面倒を見るからと部下たちから請われ、断り切れず、彼女の任務への同行は、部下たちに押し切られる形で了承したに過ぎなかった。
本人が望んでいるのなら、まぁいいか、と面倒くさくなった部分もある。
なにせ彼女は私にとって、何処までもわけがわからない存在であったのだから。
きっと、それがいけなかったのだろう。
だから、こんなことになった。
あの時、断っていれば。
部下たちに押し切られていなければ。
どうして、なんで、こんなことに。
わからない。わからなかった。
ただ、今、私が出来ることは、リティを放さずにいることだけだった。
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