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*63・耽溺(ロディス視点)

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 目が覚めた時、宿には私一人だった。
 私は慌ててリティの気配を探った。
 わかる範囲にはいない、が、残滓はある。
 どこへ向かったのか、追えなくは、ない。
 辺りに散らばっていた、脱ぎ散らかされたままの服を適当に身に着け、煩わしく思いながらも会計を済ませ、宿を飛び出した。
 リティ。
 思い出す。
 昨夜、というよりはほんの数時間前だ。
 今朝に至るまで止むことなく、私は何度も何度もリティに魔力を注ぎ続けた。
 そこに意図・・があったわけではない。ただ、そうせずにはいられなかっただけだ。
 否、ほんの僅か、願う部分もありはした。そう、もし子供でも出来れば。もしかしたら私は、リティを手に入れることが出来るんじゃないかって。
 情けなくも浅ましい打算。
 勿論、そんなこと、リティが本心から望まなければ叶わない。
 だけど私は縋った。
 否、縋るようにリティを離せないまま。
 いったいどれだけ貪ったことだろう。
 私の記憶が確かならば……――最後には、そう。リティは、私の子供を、成し始めてくれていたのである。
 リティが、どのような思考を経てそう願ったのか、それは私にはわからない。
 リティはしたたかに酔っぱらっていたし、どう考えても正気ではなかった。
 子供だって、起きたら、必要ないと散らしてしまっているかもしれない。
 だけど。だけど。
 それらは決して、私がリティの元へと向かわない理由にはなり得なかったのである。
 リティ、リティ、リティ。
 幸いにしてと言えばいいのか、リティは一人暮らしをしている自分の部屋へと帰っていたようだった。
 両親の元へと駈け込んだりしていなかったようであることに少しだけほっとする。
 流石にクェラリージ侯爵邸に、このまま駆けこむわけにはいかないのだから。
 だけどリティの借りているアパートであれば。
 辿り着いた部屋の鍵は、どうしてだか開いていた。
 不用心だな、思いながら、もしかしたらリティはそれぐらいに動揺がひどかったのかもしれない、そうも思う。
 なら、やはり子供は……。
 ともすれば沈み込みそうな思考を叱咤して、迷いなくリティへと向かっていった。

「リティ!」

 耳に届く水音。
 きっとシャワーでも浴びようとしたのだろう、開け放った浴室の中、リティは、目を見開いて固まって……――どこか怯えたような目で私を見ていた。

「ロ、ロディス……」

 震える声が私の名を紡ぐ。
 さっとリティの状態を確認すると、子供はまだリティの中で成ったまま。
 私はかっと頭に血が上って、気が付くと衝動のままに、リティを怒鳴りつけていた。

「何をしているんだ、お前はっ! 無理をするな! 勝手に帰ってきたりして……体への負担は大きかったんじゃないのか! 何かあったらどうするんだっ!」

 心配だったのだ。
 自分がリティに無茶を強いた自覚があった。
 なのに起きたらリティがいなかったから。心配で心配で。
 俺の怒鳴り声が呼び水にでもなったのか、途端リティの目に光が戻る。
 可憐な容姿に見合わない、苛烈な眼差し。
 そこにあったのはいつも通りのリティ。

「体に負担って……誰のせいだと思って……っ! 無理をするな? そもそも何か・・あったからこうなってるんだろうが!」
「ああ、そうだ、私のせいだ、なら、私が責任を負うべきだろう?!」

 怒鳴り返してきたリティに、更に怒鳴り返し、そこで俺は自分の気持ちが固まっていくのを感じていた。
 ああ、そうだ、責任。
 だって子供が出来た。リティが望んだ。リティは自分の中で子供が成り始めていることを、今はおそらくしっかり自覚していて、だけど子供を散らしてしまったりなんてしていない、子供の存在を、否定して、いない、受け入れている。
 子供は一人では育てられない。
 すぐにでも誰か・・がリティに魔力を注がなければならなくなるだろう。
 否、もしかしたら今も・・足りていないかもしれない。
 なにせ子供は成してすぐは不安定で、存在を安定させるためにもより多くの魔力を必要とするのだから。
 リティに魔力を注ぐ。そんなもの、私以外にはありえないだろう。

「そうだよ、お前の所為だ! 責任? いったいどうやって責任を取るっていうんだ!」

 リティが叫ぶ。
 ああ、リティ。きっとお前もわかっている。
 止められないまま流れ続けるシャワーの水が、リティの全てを濡らしていた。
 窓から射し込む朝の陽ざし。明るい浴室の中、濡れそぼったリティ。
 なんてキレイで美しい。リティ。

「リティ……そんなこと、分かっているだろう?」

 責任の取り方なんて一つしかない。聡明なリティにわからないはずがない。
 ああ、そうだ、リティ、これからは何も、不安になんて思わなくていいんだ。私が全部請け負うから。

「わからないっ! わかるわけないだろうっ?! ロディス!」

 まるで気を逆立てる子猫のようなリティの様子に、

「リティ。子どもには魔力が必要だ。それは一人であがなえるようなものじゃない。なら、どうするばいいのか。私が責任を取る方法なんてたった1つしかないだろう? リティ」

 なんて言いながら、私は堪らなくなって手を伸ばした。

「や、やめろ、こっちに来るな、何をするつもりだっ! ロディス! やめろっ、いやっ! や、ぁっ、ん! ん、ぁっ……あっ……やめっ、いや! やめろぉっ!!……っ!――っ!」

 リティは、抗うような悲鳴を、上げていたようには思う。
 体も僅か、強張っていただろうか。
 かと言って私を突き飛ばすわけでもなく。
 リティと私とでは、魔力量に差がある。
 いくら魔力操作ばかりは私だってリティに劣っているわけではないからと言って、決して無理な拘束をしようとした事実なんてない。
 リティは私から、逃れようと思えば逃れられる、はずだった。
 だが、リティは私の腕の中にいて。
 抗おうとしているのかもしれない手はあまりに弱々しくて。だから、私は。
 焦りもあった。
 浮かれてもいた。
 だって子供がいる。そして私の子を成したリティが、私の腕の中に。
 ああ、子に魔力を注がなければ。
 リティと私の子供。大切に育てよう、リティ。
 私が全ての責任を取る、だから。
 やや強引に押し入ったリティの体は、やはり、ただ素晴らしく、私の全てを包み込んでくれるかのようだった。
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