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57・誤解(ロディス視点)
しおりを挟むリティと初めて会ったのは、あれは幾つの時だったろうか。
2歳か、3歳か。それぐらいの時だったように思う。
親同士が親しいということで、凄く小さい時に引き合わされたのだ。
リティを一目見た瞬間、私は天使を見た、そんな衝撃に近いものを感じた。
なにぶん幼かったので、天使だとかそういう概念は流石に曖昧だったと思う。
ただ、自分とは違う、とても神聖で犯しがたく美しい何か。
私が、初めて会う他人だからか、それとも他の理由でか、少し怯えたような様子で母親の服の影に隠れていたリティ。そんな様子にさえドキリ、胸が高鳴って。
リティは母親であるクェラリージ侯爵夫人にとてもよく似ているのだけれど、その時の私はただ、リティのことしか目に入っておらず、大変に美しく愛らしい存在だとしか思わなかった。
私は幼い頃から、あまり表情などが変わらない子供だったのだけれど、その時は流石にじっと、見つめ続けてしまったように思う。
あまりに真剣な私の顔が恐ろしかったのか、どうやらリティは私へと、苦手意識を抱いたようだった。
勿論、それは年を経て後からわかったこと。
その時にはすでに、リティの誤解は取り返しのつかないものとなっていた。
私の表情が動くのはリティを前にした時だけ。
リティは私が、
『いつもリティにだけ不機嫌な顔をしている』
『そんなに自分が気に入らないのか』
などと言ってくるが、まさかそんなはずはない。
むしろその逆。
初めて会って以降、私の心を占めるのはリティだけなのだから。
不機嫌だとか険しいだとかいう表情になってしまうのは、あまりに真剣に見つめてしまっているからというだけ。
眼差しの強さが、そのまま、険しい印象を与えてしまったのではないかと思う。
あとはおそらくだが、おかしな顔にならないようにと気にした部分もあったかもしれない。
と、言うのも、それまであまり表情を動かすことのなかった私も、リティを想えば頬を綻ばせる、ぐらいは初めの内にしたと思うのだが、それを見た両親が、物珍しがって、
『へぇ、お前もそんな顔が出来たんだな』
だとか、
『そうしているとギセアにそっくりだ』
だとかそんなようなことを言ったのだったように思う。
特に何もおかしくはない、珍しいものを見た親として当然の感想。
父に似ているのだって、親子なのだから、今思えば当たり前の話、ただ、父はなんというか、比較的締まりのない顔をしていることが多く、母がいつも、
『だらしのない顔ばかりするな』
『おい、そのみっともない顔はなんだ』
だとか、そんなような苦言を呈しているのを耳にしたことがあったのだ。
私の中では父に似ている、というのは全く嬉しいことではなく、むしろ、『だらしがない』『みっともない』、つまりはよくない事なのだと認識してしまったのかもしれない。
それまでは母に似ていると言われることの方が多く、母に対して父は褒めることしかなかったのだから余計になのだろう。だから父に似ているのは嬉しくなかったし、そんな父に似た表情などよくないものだとも認識していた。
なんにせよ、せめてリティの前で、おかしな顔をしないようになどと思い始め、自然、顔が強張ったりなどするようになっていったのだから。
ちなみに私の容姿は実際に基本的に母似であり、父にはあまり似ていない。母曰く、私と父が似ている所は笑った時の表情と、肝心なことを口に出せない臆病な所なのだそうだ。やはり父に似ているのはあまり良くないということなのだろう。もっとも、私と父の似ている所を探す母は何処か嬉しそうにしているのだけれど。
なお、いずれも後々自分の中で理由を探りながら、そうなのだろうなと推測しただけで、幼い頃の自分の行いのことなどまるで分らないのだけれど、とにかくリティに対してだけ、険しかったり強張ったりする表情ばかり見せてしまうようになったのは、間違いのないことだった。
決して、リティが嫌なんじゃない、気に入らないんでもない、むしろその逆だ。
気付けばじっと真剣に見つめ続けてしまう、おかしな顔にならないよう気を付け続けなければならない、それぐらい私の心の中を満たしている、それが私にとってのリティだった。
そしてそんな風に、リティに誤解を与えたというのと、後は、リティはリティで、しばらくすると私のことを恨めしげに、嫌そうに見るようになって、そんな風に見られたら流石に悲しくて表情が歪みそうになって、それを堪えたりだとかいうようなことがあり、リティの誤解が解かれることはなく時間だけが過ぎていった。
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