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53・修復
しおりを挟む見回りは予定の範囲の半分ほどまでは特に問題もなく過ぎていった。
特に魔獣に遭遇することもなく、他におかしな部分もない。
迷い込んだ誰かや何かもいないようで。
また、魔の森でしか採取できない薬草などの採取も、この任務には含まれるのだけれど、今回に限ってこの班は、そういった作業はしない予定となっている。
これもやはり、アンリセア嬢が同行しているが故だ。
ただ、その辺りで、
「あっ……」
小さな声を立てて、アンリセア嬢が蹲った。
どうやら編み上げとなっていた靴の紐が切れてしまったらしい。
このまま歩き続けるのは不安があるのだろう。
戸惑って目を潤ませるアンリセア嬢に、他の隊員から促されたロディスが溜め息を吐いて傍らに屈みこむ。
すぐに直るようなものなのだろうか。
俺も流石に気になってそちらへとゆっくり歩み寄った。
「リティ隊長」
サーラが何かを促すように俺へと呼びかけた。
ここで一度全員で止まるのかの判断を仰ぐということなのだろう。
すぐに直るにしろ直らないにしろ、ここで班が分かれるのは得策ではない。
ただ、もともと今回の班の人員は、いつもの倍に近い人数が配置されていて。
「ん? あー、そうだなぁ……」
2つに分かれても問題がないと言えばなかった。
そもそもアンリセア嬢の歩行スピードに合わせている部分もあり、予定よりも遅れている。
ここで止まってしまっては、あまりに進まなさすぎるのも確かだ。
「ロディス。直りそうか?」
ひとまずはとロディスへと声をかけると、俺を見たロディスは相変わらずぎゅっと不機嫌そうに顔を歪めて、小さく息を吐きながらふると緩く首を横に振った。
「修復魔術を使用するしかない。だが……」
修復魔術はそもそもそれほど高度な魔術ではないし、本来なら特に難しいことではない。だが、今は何分任務中、それも魔の森の只中なのだ。
魔力は可能な限り温存しておきたいというのが本音だった。
見ると切れた靴紐は、結び直せるようなものではないようで。俺の眉根も思わず寄ってしまう。
ちなみに編み上げの靴自体はごく一般的なもので、動きやすさを重視したのだと考えると、悪い選択ではないのは確かだった。
靴紐が切れたのも、以前から摩耗していたのに気付かなかっただとかそういうことなのだろう。運が悪かったと言ってしまえばそれまで。
「この場合は仕方ないだろ、直してしまえ。ああ、サーラ」
「はい」
「すぐに追いつけると思うから、先に進んでいてくれ」
ロディスと彼女と後ろからついていく。
ロディスにはもう修復魔法を使ってしまえばいいと言い置いて、サーラにも続けて指示を出した。
ロディスも俺と同じように考えていたのだろう、口を挟むことなくちぎれた靴紐を手に取っていて。
直すのは一瞬。
ただ、靴に通し直し、結ばなければならなかった。
そのわずかな時間のみとなるのだから、先に行っていいと、そう告げたに過ぎない。
「では後2人残しておきます」
そう言ってサーラは頷き、第2部隊の者だろう隊員を2人残して、残りの隊員を促し、一足先に歩き始めた。
その間に手際よくロディスは彼女の靴紐を結び直していく。
俺はそれを眺めながら、
(……やけに手馴れているな)
なんてなんとなく思って、もやと胸に渦巻いた面白くない気持ちを自覚し、複雑な気分となったのだった。
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