上 下
51 / 82

50・可憐

しおりを挟む

 自分の気持ちがわからない。
 任務当日。
 ひとまずはと隊舎前に現れたアンリセア嬢は一応心持ち、移動を意識した服装とはなっていた。
 勿論、隊服のように動きやすさを重視したものではなく、簡素なワンピースのようなものではあったのだが。
 貴族令嬢というよりは平民のような、装飾の少ないものを選んでいる辺り、彼女なりの覚悟のようなものをうかがえなくもない。
 そして彼女はロディスへの好意を全く隠そうとしなかった。

「あ、あの、ロディス様……今日は、同行をご許可下さり、ありがとうございました」

 頬を赤く染めて丁寧に頭を下げる姿は可憐で謙虚。自分が我が儘を通した自覚があるのだろう、誰の目にも好感が持てるだろう控えめな態度。
 決して、現状を当然だと受け止めているわけではないとわかるそれは、いっそ健気と言ってもいいのだろう。
 それでも、ロディスへの好意ゆえ、こんなことまでしてしまったのだと、言うでなく体現しているかのよう。
 露骨に顔をしかめているサーラは嫌悪を隠せもしていないようだが、ああいう態度が鼻につくと感じる者もいるにはいる。
 俺はどうだろう、思いながら、

「サーラ」

 名前を呼ぶことで窘めた。

「すみません、つい顔に出てしまって……」
「いや。気をつけてくれればそれでいい」

 別にサーラも、だから何だというわけではなく、単純に少し嫌な気持ちになったというだけなのだろう。俺はあまりに露骨なのは、今度はサーラの印象を悪くすると伝えるだけに留めておいた。
 アンリセア嬢の様子に好感を抱いたのだろう代表のような幾人かの第二部隊の隊員が、気遣わしげに彼女へと声をかけている。
 ちなみに決してサーラの表情に気付いただとかいうわけではなく、アンリセア嬢の言葉にロディスが、

「ああ」

 と、短くもそっけなく返し、彼女をちらと見るだけで、他にはほとんど反応しなかったことに彼女が目に見えてしゅんと沈んでしまったが故だった。
 俺としてはよく見る光景以外の何物でもない。
 あれでよく彼女はあの男に想いを寄せ続けることが出来るものだとむしろ感心する。
 それぐらいにロディスの彼女への態度は、昔から何も変わっていなかった。
 無視をする、とまではいかないまでも、まるで関心を持っていないのがわかる程度にはそっけないのだ。
 いっそ冷たいと言っていい。
 ただしロディスは普段から全く表情豊かな男などではなく、むしろ無表情であることの方が多いので、普段通りと言えばそれまで。なお、俺に対しては不機嫌になったり、苛立たしげにしたりと、基本的に悪い方へと表情を崩すのだがそれはそれとして。
 ああ、でも。そんな風、無表情なばかりのロディスが彼女と対峙して、柔らかく顔をほころばせていたことが、なくもなかった。
 あいつもあんな顔が出来たのかと驚いたのをよく覚えている。
 その時に感じた胸の痛み……――否、苛立ちも。
 やはり余程自分のことを嫌っているのだろうと思い知らされるかのようで。
 初めて見るような顔で、彼女へと笑いかけていた、あれは確か、学生時代の――……。

「リティ」

 と、そんな風、思い出しかけていたせいで、少しぼんやりしてしまっていたらしい。
 ロディスからの呼びかけに、はたと我に返った。

「もう出発するぞ。早く来い」
「あ、ああ」

 見ると幾つかの視線が俺へと注がれている。あの、アンリセア嬢のどこか恨めし気な視線も。
 また、ロディスの気を引いて、とでも言いたいのだろうか。
 まったくもってわざとではないのだが。言い訳したいような気持ちのままロディスの後に続こうとして、だけどじんわりと眉根を寄せた。
 いや、出立するのはいい。いい、が、しかし。
 まさかこの男、用意した数台の馬車のうち、俺と同じ馬車へ乗り込もうとでもしているのだろうか。
 自然にエスコートでもするかのよう、俺を促そうとした手をさっと避けた。

「リティ?」

 不思議そうにロディスが振り返る。
 俺は深く溜め息を吐いた。

「お前、今、何をしようとした。お前が今日気遣わなければならないのはアンリセア嬢のことだろう。彼女と同じ馬車に乗れ」

 少し前方、馬車の傍らで、戸惑ったようにロディスを気にしている彼女を指し示す。
 彼女のすぐ近くには、彼女を明確に気にかけているのがわかる、幾人かの第二部隊の男性隊員。

「だが、お前は今、」

 自分の子供を宿している、とでも続けたいのか。ロディスの言葉を遮って鼻で笑った。

「は。今更だろ、だから何だ。俺はサーラと共に後ろの馬車に乗る。心配せずとも馬で行くなんて言わん。早く行け」

 馬車よりは勿論、直接馬を駆ける方が早い。
 と、言うよりは普段は馬車など使わず、そうすることが常だ。
 ただ、今回はアンリセア嬢もいるし、人数も少しばかりいつもより多いから馬車を用意しただけ。
 ちゃんとそれを利用すると、不本意ながら教えてやった。
 ロディスはいつも通り、ぎゅっと眉根を寄せ、むすっと不機嫌な顔で、だが、ややあって、俺の意見が変わる様子がないことに諦めたのか、渋々というのが見ていてわかりやすいほどわかりやすい態度でアンリセア嬢の乗ろうとしている馬車へと近づいていった。
 アンリセア嬢は一瞬、そんなロディスの態度を気にするそぶりを見せたのだが、すぐに、渋々だろうが何だろうが、エスコートを受けられることが嬉しかったのか顔を綻ばせていて。

「ああいうのを、かわいいって言うんだろうな」

 俺は知らずぼんやりと呟いてしまっていたのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

メランコリック・ハートビート

おしゃべりマドレーヌ
BL
【幼い頃から一途に受けを好きな騎士団団長】×【頭が良すぎて周りに嫌われてる第二王子】 ------------------------------------------------------ 『王様、それでは、褒章として、我が伴侶にエレノア様をください!』 あの男が、アベルが、そんな事を言わなければ、エレノアは生涯ひとりで過ごすつもりだったのだ。誰にも迷惑をかけずに、ちゃんとわきまえて暮らすつもりだったのに。 ------------------------------------------------------- 第二王子のエレノアは、アベルという騎士団団長と結婚する。そもそもアベルが戦で武功をあげた褒賞として、エレノアが欲しいと言ったせいなのだが、結婚してから一年。二人の間に身体の関係は無い。 幼いころからお互いを知っている二人がゆっくりと、両想いになる話。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

処理中です...