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50・可憐
しおりを挟む自分の気持ちがわからない。
任務当日。
ひとまずはと隊舎前に現れたアンリセア嬢は一応心持ち、移動を意識した服装とはなっていた。
勿論、隊服のように動きやすさを重視したものではなく、簡素なワンピースのようなものではあったのだが。
貴族令嬢というよりは平民のような、装飾の少ないものを選んでいる辺り、彼女なりの覚悟のようなものをうかがえなくもない。
そして彼女はロディスへの好意を全く隠そうとしなかった。
「あ、あの、ロディス様……今日は、同行をご許可下さり、ありがとうございました」
頬を赤く染めて丁寧に頭を下げる姿は可憐で謙虚。自分が我が儘を通した自覚があるのだろう、誰の目にも好感が持てるだろう控えめな態度。
決して、現状を当然だと受け止めているわけではないとわかるそれは、いっそ健気と言ってもいいのだろう。
それでも、ロディスへの好意ゆえ、こんなことまでしてしまったのだと、言うでなく体現しているかのよう。
露骨に顔をしかめているサーラは嫌悪を隠せもしていないようだが、ああいう態度が鼻につくと感じる者もいるにはいる。
俺はどうだろう、思いながら、
「サーラ」
名前を呼ぶことで窘めた。
「すみません、つい顔に出てしまって……」
「いや。気をつけてくれればそれでいい」
別にサーラも、だから何だというわけではなく、単純に少し嫌な気持ちになったというだけなのだろう。俺はあまりに露骨なのは、今度はサーラの印象を悪くすると伝えるだけに留めておいた。
アンリセア嬢の様子に好感を抱いたのだろう代表のような幾人かの第二部隊の隊員が、気遣わしげに彼女へと声をかけている。
ちなみに決してサーラの表情に気付いただとかいうわけではなく、アンリセア嬢の言葉にロディスが、
「ああ」
と、短くもそっけなく返し、彼女をちらと見るだけで、他にはほとんど反応しなかったことに彼女が目に見えてしゅんと沈んでしまったが故だった。
俺としてはよく見る光景以外の何物でもない。
あれでよく彼女はあの男に想いを寄せ続けることが出来るものだとむしろ感心する。
それぐらいにロディスの彼女への態度は、昔から何も変わっていなかった。
無視をする、とまではいかないまでも、まるで関心を持っていないのがわかる程度にはそっけないのだ。
いっそ冷たいと言っていい。
ただしロディスは普段から全く表情豊かな男などではなく、むしろ無表情であることの方が多いので、普段通りと言えばそれまで。なお、俺に対しては不機嫌になったり、苛立たしげにしたりと、基本的に悪い方へと表情を崩すのだがそれはそれとして。
ああ、でも。そんな風、無表情なばかりのロディスが彼女と対峙して、柔らかく顔をほころばせていたことが、なくもなかった。
あいつもあんな顔が出来たのかと驚いたのをよく覚えている。
その時に感じた胸の痛み……――否、苛立ちも。
やはり余程自分のことを嫌っているのだろうと思い知らされるかのようで。
初めて見るような顔で、彼女へと笑いかけていた、あれは確か、学生時代の――……。
「リティ」
と、そんな風、思い出しかけていたせいで、少しぼんやりしてしまっていたらしい。
ロディスからの呼びかけに、はたと我に返った。
「もう出発するぞ。早く来い」
「あ、ああ」
見ると幾つかの視線が俺へと注がれている。あの、アンリセア嬢のどこか恨めし気な視線も。
また、ロディスの気を引いて、とでも言いたいのだろうか。
まったくもってわざとではないのだが。言い訳したいような気持ちのままロディスの後に続こうとして、だけどじんわりと眉根を寄せた。
いや、出立するのはいい。いい、が、しかし。
まさかこの男、用意した数台の馬車のうち、俺と同じ馬車へ乗り込もうとでもしているのだろうか。
自然にエスコートでもするかのよう、俺を促そうとした手をさっと避けた。
「リティ?」
不思議そうにロディスが振り返る。
俺は深く溜め息を吐いた。
「お前、今、何をしようとした。お前が今日気遣わなければならないのはアンリセア嬢のことだろう。彼女と同じ馬車に乗れ」
少し前方、馬車の傍らで、戸惑ったようにロディスを気にしている彼女を指し示す。
彼女のすぐ近くには、彼女を明確に気にかけているのがわかる、幾人かの第二部隊の男性隊員。
「だが、お前は今、」
自分の子供を宿している、とでも続けたいのか。ロディスの言葉を遮って鼻で笑った。
「は。今更だろ、だから何だ。俺はサーラと共に後ろの馬車に乗る。心配せずとも馬で行くなんて言わん。早く行け」
馬車よりは勿論、直接馬を駆ける方が早い。
と、言うよりは普段は馬車など使わず、そうすることが常だ。
ただ、今回はアンリセア嬢もいるし、人数も少しばかりいつもより多いから馬車を用意しただけ。
ちゃんとそれを利用すると、不本意ながら教えてやった。
ロディスはいつも通り、ぎゅっと眉根を寄せ、むすっと不機嫌な顔で、だが、ややあって、俺の意見が変わる様子がないことに諦めたのか、渋々というのが見ていてわかりやすいほどわかりやすい態度でアンリセア嬢の乗ろうとしている馬車へと近づいていった。
アンリセア嬢は一瞬、そんなロディスの態度を気にするそぶりを見せたのだが、すぐに、渋々だろうが何だろうが、エスコートを受けられることが嬉しかったのか顔を綻ばせていて。
「ああいうのを、かわいいって言うんだろうな」
俺は知らずぼんやりと呟いてしまっていたのだった。
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