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44・観察

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「隊長、私、控えておりましょうか?」

 アンリセア嬢に待ってもらっている応接室に入室する直前、気を利かせたサーラが申し出てくれたのへ、俺はありがたく頷いた。
 控える、とはつまり室内にいてくれるということだ。

「頼む」
「はい、ではそのように。ああ、ロディス隊長にもご連絡させて頂いておりますので」

 あちらも今頃はこちらへと向かっていることでしょうとも教えられ、抜かりがないなと小さく笑った。
 勿論俺だってロディスに隠しておくつもりなんてない。
 なにせアンリセア嬢が度々訪ねてきていたのはロディスで、彼女がロディスと懇意にしている・・・・・・・のは、魔術士団の第二部隊や第三部隊に所属している者なら誰もが知っている事実。
 そんな彼女が、今回はわざわざ俺を呼びだした。
 そこに意味・・を見出さない者などきっといない。
 当事者は本当は・・・俺ではなくロディスだということだ。
 彼女が俺を訊ねてきた。理由なんてきっとたった一つ。
 俺とロディスの婚約についてなのだろう。
 俺がロディスとの間に子供を成した、その事実が揺らがない以上、俺とロディスの婚約は隠せるようなものではない。
 加えて俺は今、ホソバトゥエ伯爵家の本邸ロディスの実家へと身を寄せていて、俺と連絡を取ろうと思えば、こうして職場に訊ねてくるか、あるいはそちらへ向かうより他にない。
 辛うじて俺の職場こちらにと足を運んでくれたことに対して、さて感謝すればいいのか否か。

(判断が難しいところだな)

 思いながら、応接室の扉をノックした。

「はい」

 相変わらず耳に心地いい、可愛らしい声が返ってくる。

「失礼する。すまない。待たせてしまったようだ」

 彼女と俺とでは、実家の爵位も年齢も俺の方が上。その上、別に仕事上の関係などもない彼女に対して、俺は敬語を使うような立場になかった。
 彼女も心得たもので、さっと立ち上がって礼を取る。

(久しぶりに目にしたが、変わらないな……)

 内心でだけ呟いた。
 キレイな所作、可憐な容姿。きっと、彼女を求める者は数多くいることだろう。
 それぐらいには非の打ちどころのないご令嬢。
 疾うに成人しているにもかかわらず、婚約者さえいたことがないところが玉に瑕と言えなくもないが、それでも、とうが立っているというほど年嵩なわけでもない。
 否、それらの理由がただ一人を求め続けているが為だというのは、周囲はいったいどう判断するというのだろうか。
 一途と見るのか、それとも。
 いずれにせよ、俺には関係のない話であることは間違いなかった。
 俺と彼女はただの知り合い、顔見知り。
 それ以上でも以下でもないのだから。

「いえ。お時間をお取り頂きありがとうございます。ご無沙汰いたしております、クェラリージ侯爵令息様」

 膝を折りながら告げられた家名に、俺は思わずぴくり、こめかみが引きつくのを止められなかった。

「ああ、久しぶりだ」

 敢えて名前で呼ぶようにというような許しなど与えたりせず、そのまま流す。

「掛けるといい。今日はなにやら俺に用があるのだとか……」

 席へと促しながら、自分も彼女の向かい側のソファへと座り、早速とばかりに水を向けた。
 サーラは本人が申し出てくれていた通り、室内からは出ず、少し離れたところで控えてくれている。
 また、敢えて扉も僅か、開けたままにしておいた。
 密室にはしないで置いたのである。
 これは決して未婚であるアンリセア嬢を気遣ったわけではなく。
 それら両方をちらと確認し、一瞬何かもの言いたげにしたアンリセア嬢は、だが結局そういったことには一切触れず、俺へとちらと上目づかいで視線を寄越した。
 そのまま口を開かない。
 かと思えばだんだんと瞳を潤ませ始め。
 サーラが気配を尖らせ、眉をひそめたのを視界の端で気付いて、一瞬、窘めるように視線をやった。
 とは言え多分きっと俺も同じ気持ち。

(俺に話があるんじゃないのか……相変わらずだな。何も言わない、それでこの態度……)

 彼女は、とても可愛らしい容姿をしている。
 庇護欲をそそるだとかいうのは、こういうことを指すのだろう、そんな風に思わせるいっそ儚いばかりの可憐さ。
 俺自身、人のことを言えない部分はあるのだが、年齢にそぐわない少女めいた雰囲気も、好む者は多いのではないかと思われた。
 実際に誰もが彼女を無碍になんてしない。
 それは本意か否かにかかわらず俺でさえも。
 少し癖のある、ふわふわとしたマゼンダとでも言えばいいのか、深いピンクがかった赤髪に、深い紺色の瞳。
 纏う色味からわかるとおり、見たまま、然程さほど魔力量が多いわけではないが、治癒魔法は得意なのだとも聞いている。
 それに子爵令嬢という爵位などを考えると全く持って不足はない。
 むしろただ貴族として生きていくだけならば、これ以上など要らないことだろう。
 勿論、もし、魔法や魔術を駆使する職に就きたいと思う場合は、どうしても心もとなくなってしまうのだが。
 彼女がそういったことを目指しているとも聞いたことはなかった。
 今の彼女の職は何だったか。確か、学園に入学する前の貴族の子弟の、家庭教師だとかであったはずだ。主に行儀などを見ているのだとか。

(こんな優しそうなお姉さんが先生なら、憧れる生徒も多いのだろうな)

 そんなことまでぼんやり思った。
 そのまま更に、彼女が口を開くのを待つ。
 どんどん潤んでいく彼女の瞳。そしてついに。

「ぅっ……ふぅっ……ぅっ、ぐすっ、ひ、ひどぃ、です……リティ様は、ひどい……」

 ぐずぐずとしゃくり上げ始めた彼女を前に、俺は天井を仰ぎながら、深く、深く息を吐くのを止めることが出来なかった。
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