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38・言葉
しおりを挟む俺を抱きしめるロディスの腕は、まるで縋りついてくるかのようでさえあった。
ロディスは子供の時から決して全く口数は多くないし、むしろ態度と表情で訴えてくることの方が多かった。
あのどちらかというと人当たりのいい両親から、なぜこうも不愛想な男が生まれるのか。
まったく理解しがたいが、ロディスのそういった人間性のような部分において、俺が何かを思う所なんてない。
ロディスは今も、言葉を発しない。
多分俺の言葉が彼にとって、大変に不本意だということなのだろう。
「ロディス」
そのうち俺の声音に苛立ちが混ざる。
それを悟ったからだろうか、ロディスがようやく重い口を開いた。
辛うじて聞き取れるというぐらいの小さな声で。
「私は……ただ心配なんだ……魔術士団の隊長職というのは忙しいし、職務上、時に危険を伴う」
「ああ」
魔術士団というのは、騎士団ではないが、それでもいわゆる戦闘色である。
攻撃手段が魔術や魔法に偏っているというだけで、実質仕事内容としては、剣や体術を駆使して、治安などを維持する騎士団と、そう大きな違いなどなかった。
とは言え、市中の見回りなどの際には危険などほとんどなく、あるとすれば訓練、あるいは鍛錬中などの事故や、実験の失敗……――魔法魔術においての研鑽を積む過程において、そう言ったことも発生するのである。
そして、考えられる一番の危険は、魔の森の確認任務となった。
魔の森には魔獣が出る。
時折迷い込む者などもいて、そういった者の保護、あるいは魔獣の討伐などを、騎士団や魔術士団が、分担して行っていた。
当然、それらの職務は、隊長職だからと言って逃れられるものではない。
むしろ一般隊員より更に危険度の大きい職務ほど、率先して従事しなければならないほどで。
心配なのだと言われると、わからないとまでは言えず。
年に数人、そういった職務中に死傷者が出ているのも動かしがたい事実ではあった。
死亡にまで至るとなると、流石に珍しくはあるが、怪我ぐらいなら逆に全く珍しくもない。
それが嫌だというのだろうか。
ただ、心配なのだと。
「リティは……真面目で責任感が強い。自分の職務に忠実だ。きっと何かあれば、現場にも躊躇わずに向かうことだろう」
事実だ。
実際に、俺は、むしろその為の隊長職だとまで思っている節があった。
だが、そもそもこの国に真面目でない者の方が珍しい。勿論、やる気がない者程度なら、一定数は存在しているのだけれど。
きっと多分、そういう話ではないのだろうな、思いながら、俺は短い相槌以外には、一切言葉を差し挟まず、辛抱強くロディスの次の言葉を待つことにする。
「普段ならばいい。お前は強い。魔力も多いし、魔法や魔術にも長けている。たとえ魔獣だとて、お前が害されることなど早々考えらえない。だが、今は違う」
存外にロディスの中での俺の評価がどうやら高いらしいことに驚きながら、俺はそれでも口を噤んだ。
俺を抱きしめ続けるロディスの腕のあたたかさが、妙に俺へと馴染んでいくように感じられる。
多分、僅かばかり魔力が流れてきているのだろう。
「子供がいるというのは、大変な問題だ。現にお前は倒れてしまっていたじゃないか。仕事なんて続けさせられない。このまま安全なここに留まっていて欲しい」
ただそれだけを願っているのだとでも続けそうなロディスの声音は苦く。だが、ロディスの口にした理由と思わしき言葉たちは、俺の求めていたものでは全くなかった。
ロディスの言っていることそのものは、特におかしな気遣いでもないし、しかしだからと言って、部屋から出さないだとかいうのは極端に過ぎる。
俺が聞きたいのはつまり、なぜロディスがそう考えているのかという根本的な部分なのだ。
そして仕事に関しても、やはり辞めるだとか辞めさせるだとかをロディスが決めるようなこととは思えなかった。
俺が今、身ごもっている子供の父親はロディスだ。
それは間違いがない事実だし、その上、俺は今、子供を育てる為の魔力をロディス以外からは得たくないと感じている。
ならばこそ余計に仕事などのことで、ロディスが気になってしまうというのなら、俺も考えなければならない部分があるのだろう。
だけど。
「……それがお前の言い分か?」
「ああ」
努めて心を落ち着けて、短く確認のための言葉を吐いた。
俺は決してロディスの心情や希望などを、否定したいと思っているわけではないのだ。俺自身、仕方がないと思う部分もあるのだから。
「なら、なぜ初めにそれを言わない。なぜ、行動でしか示さないんだ」
ほんの少しだけ諦めて、俺はひとまずとそう口にした。
ロディスは俺に何も言わなかった。俺と会話さえしようとはしなかった。
それでどうして、何故、抗わずにいられるというのだろう。
おまけに俺があまり得意ではない者に、俺の世話を任せ、俺の行動を制限するだなんて。いっそ卑怯ではないかとさえ思う。
にもかかわらず、俺への悪意も害意ゆえにそうしたわけではないのだとは。
「お前はそんなにも、俺と話すことさえ嫌なのか? なぁ、ロディス」
なぜ俺はそれほどまでにお前に嫌われているのだろう。
つきん。
胸がきしむ音がした気がした。
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