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33・意味
しおりを挟むおかげで俺はここに来てから午前中に起きられた試しがなく、大抵が目が覚めると昼過ぎ。
気付いた侍従や侍女たちに何くれとなく世話を焼かれ、寝台から降りて起き出そうとすると、件のか弱そうな従者に縋られた。
「ああ、いけません、若奥様! 安静になさっていなくては……どうぞご無理はなさらないでください、僕、心配で……」
涙目でそんな風に告げられては無碍にも出来ない。
他の者も口々に、ロディスからも安静にさせておくようにと指示を得ているとも教えられ、留め置かれ続けた先の昨日。
昨日はなんとか朝、ロディスが出かける前に、
「お前いい加減にしろよっ、もう今日こそはずっと寝てるだとかはしないからなっ!」
などと、半ば一方的に宣言することが出来たのだった。
侍従や侍女、使用人たちも、昨日は流石に俺のことを、止めないようロディスに言われていたらしく、しぶしぶ起き出すのを許してくれたようだった。
そうしてようやくサーラと相談などすることが叶い、今日は今日で起きて少しした頃、すでに昼過ぎだったのだが呼び出され、今に至る。
俺の苛立ちやら戸惑いを、どうも彼の両親たる二人が理解してくれたようであるのは有難い。
否、やはり誰が聞いても、今、ロディスの取っている言動は看過しがたいというのは間違いないことなのだろう。
「すまない、リティ、どうやら俺たちはあいつの育て方を間違ってしまったようだ。まさかそこまで強引なことをしでかしていただなんて……」
本当に弱り切ったという様子のセネグルに俺は緩く首を横に振る。
「いえ、お二人の責任では……そもそも子供でもあるまいし、いくら俺が気に食わないからと言って、会話まで放棄するなんて、あいつが大人げなさすぎるだけでしょう」
全く、あいつはどういうつもりなんだか。
否、どういうつもりなのかはわかっている。あいつ自身が言い放っていた通りに、結局は俺を此処に留め置き、自分の伴侶として、仕事も辞めさせたい、それに尽きるのだろうと思われた。
それこそがあいつなりの責任なのだとは。
セネグルは俺の発言を聞いてぎゅっと眉根を寄せ、ギセアはギセアで、物凄く何か言いたげな顔をしていた。
そしてついに、
「いや、あいつは君が気に入らないというわけでもなく、それどころかむしろ、」
「ギセア」
躊躇いがちに口を開いたかと思えばセネグルに止められていた。
首を傾げる俺にセネグルが改めて視線を寄越す。
「リティ、あいつが君をどう思っているのか、それを含めて君はあいつと話し合いの場を持ちたいと希望している、それで間違いないだろうか?」
確認するように慎重に言葉を紡いだセネグルに、俺はこくりと頷いた。
「ええ。いい加減仕事も休み続けていられませんし、いつまでも閉じ込められたままじゃ困ります」
「わかった。あいつには俺達の方から、すぐにでもきつく言っておこう。もしそれでもあいつが会話さえ拒否し続けるようなら、今度は俺達の方へ知らせてくれ。誰でもいい、侍従でも侍女でも護衛でも、誰に言付けてもこちらへと伝わるようにしておくから」
力強い申し出に俺はほっと僅かばかり安堵する。
「どうしてもの時には、俺達が責任をもって君を家へと送り届けると約束しよう」
ロディスのことなど知るものか。
吐き捨てるようなセネグルの言葉に、俺は小さく苦笑した。
「そう、ですね、あぁ、でも、その……俺は、ここにいること自体が嫌なわけではないので……」
ここはこの二人の家でもある。
この家を厭っているわけではない。
「ん? ああ、そうだな。そう言ってもらえるとありがたい」
セネグルは俺の言いたいことを察してか、にこと、力強く頷いて微笑んだ。
ロディスとよく似た顔。だがそれは、ロディスが決して浮かべない微笑みだ。
ギセアはもうあまり口さえ開かず、なんとも言い難い顔をするばかり。
もしかしたらこうして口を噤んでしまう所などを、先程からセネグルは当てこすっていたのかもしれないとちらと思う。
ロディスも時折こんな風、むっつりと口を閉ざしてしまうことがままあったので。
そういうことは俺と言い争いをしている最中にもあり、何故だかじっと俺を睨みつけ続けるだけになるようなことは実際、一度や二度どころの話ではない。
「この屋敷の居心地が悪いっていうわけではないということなのだろう?」
「ええ、勿論」
ただ、ロディスと会話が成り立たない。
俺はそれが気に食わないだけなのだ。
これでは俺が、何もかもに納得できないまま、時間ばかりが過ぎていってしまう。
「そうか。ならよかった」
セネグルがまた、やんわりと微笑む。少し安堵したと言わんばかりの表情だ。
先程からのやり取りで随分と気に止ませてしまったのだろう。
「俺たちは実際の所、君がこのままこの家に嫁いできてくれるなら、それがきっと一番いいことだと考えている。だがそれは君の意思を無視して行われていいことでは決してない。全てはあいつの言葉不足が原因だろう」
まったくその通りだと頷いた。だけど。
「とは言え、出来れば君自身も今一度、考えてみてはくれないか。君はロディスより魔力が多い。それは間違いがないことなんだ。いくら魔力操作という点においてだけはロディスの方が秀でているからと言って、そもそもロディスだって別に君を拘束しているわけでも何でもない。君さえその気になれば、君はいつだってどこへでも行ける。初めの、記憶を失っているという時ならいざ知らず、それ以降、君が本気で拒絶すれば、ロディスはここまでのことを、君に出来たりしなかっただろう、その意味を。ロディスは君の元へ毎日帰ってきている。この家にも各部屋にも、当たり前に結界は張ってあるんだ。だけどロディスはそれらに妨げられたことはない。君ならこれが一体どういうことなのかが解るはずだ」
そんな風、続けられた言葉に、俺は返す何かをまったく持っていないのだった。
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