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29・包囲
しおりを挟む仕事を辞めろだなんて、よく言えたものである。
とは言え今回はあくまでも、何の準備もなく急に休むこととなったが故のことではあるとは思うのだけれども。
「ま、多少の無理なんてさせておけばいいんじゃないですか? それこそ、ご本人の言うとおり、責任というものでしょう。あの日も大変だったんですよ? 呼びに行ったら血相変えて、私など放って隊長の元へ向かったと思ったら、今度は隊長を抱えて、すぐに連れ帰る、仕事も辞めさせるって言い放って……。あちらの副隊長も飛んできて、何とか取り成して、とりあえずそのまま隊長をお連れになるのはまだしも、お仕事に関しては必ず隊長とお話しなさるようにと強く言い置いておいたんですけど、その後、何かお話ありました?」
悪びれもせずそう訊ねてくるサーラへと、俺はただ溜め息を返すことしかできなかった。
「いーや、まったく? 俺となんてろくに話もしやしない。余程、俺とは会話さえしたくないんだろ。ただあいつは強引に俺を組み伏せてくるだけだ」
そして俺は俺で、毎回毎回魔力に酔わされ、すぐにわけがわからなくされてしまう。
そうしてこれでもかと魔力を注がれたかと思うと、それ以外の時なんて、俺の言葉などまるで聞きはしないのだ。
もはや会話どころの話ではない。
まともに会話さえできない空しさと言ったらない。
俺はあのか弱い侍従との方が、余程よく話しているぐらいだった。
「と、言うかあいつの両親とでさえ、俺は挨拶一つ交わせていないんだがな」
ここがホソバトゥエ伯爵家、つまりあいつの実家であり、両親の住む屋敷であるにもかかわらず、だ。
ここ数日で俺が接した人間というと、あのか弱い侍従をはじめ、幾人かの使用人だけ。後はロディスのみである。
食事さえ部屋に運ばれてきてそこで摂らされ、他など言わずもがな、何もせずただ安静にしていて欲しいと縋られても、あいつが仕事に行っている間、つまり日中など暇を持て余すばかりだった。
なお縋ってくるのはあのか弱い侍従であって決してあいつではない。
俺はなんだか弱みを握られてしまっているような気になっていた。
今日こうしてサーラと会えていることさえ奇跡のよう。
もっとも今日こそは絶対に、安静になどしていないでおくからなと今朝あいつに言い放った結果でもあるのだが。
「それはまた、なんというか……囲い込まれていってますね……」
よもやこのまま子供が生まれるまで、否、生まれた後も、囲い込み続けるつもりだろうか。
ややげんなりした様子のサーラの言葉に俺も同じように溜め息を吐いた。
「囲い込み? これは囲い込むっていう状況なのか?」
全く理解できない。
吐き捨てる。
「とりあえず私は出来るだけ早く、隊長とロディス隊長の会話が成立することを願っておきます」
そんな風に、呆れたように告げたサーラとその後もいくつか話をして、久しぶりに起き出すことが出来たその日はそうして過ぎていったのだった。
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