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2・急襲
しおりを挟むラクティシア・クェラリージ。
俺の名前だ。
皆からはリティと呼ばれている。
クェラリージ侯爵家の三男で、同時に帝立魔術師団中央部、第三部隊の隊長を任されていた。
つまり魔術師。
それも、魔術を行使して戦闘を行う魔術士団の所属。
そして忌々しい今朝の男……――ロディスは、名をティロウディス・ホソバトゥエと言い、ホソバトゥエ伯爵家の長男で、俺と同じ魔術士団中央部の、第二部隊の隊長をしている。
忌々しくも無視しがたい、俺にとっては目の上のたん瘤のような男だった。
俺とロディスは、いわゆる犬猿の仲というような間柄である。
寄ると触ると言い争い、些細なことで競い合っては、ひどい時には殴り合った。
否、殴り合った、ことがある。
昔はともかく、実際に手を出し合うことなど稀だ。
だが、いずれにせよ、嫌い合っていることに間違いはない。どうひっくり返っても、仲良くなんて出来るはずがない相手だった。
なのに。
俺はのろのろと服を脱いで、何とか浴室に足を向けた。
熱いシャワーを頭からかぶる。
見る人にかわいらしいだとかいう評価を受けがちな、鮮やかなピンク色の髪が、頬に張り付いた。
俺は自分の髪が大っ嫌いだ。
なにせピンク。
否、ピンクが悪いわけじゃない。ただ、俺の見た目も相俟って、なんというか、人にはか細く見えるらしいところが気に食わないのである。
同じピンクでも、これがもしロディスのような目の色なら……――なんてうっかり思ってしまうのは、どこかで羨ましいと思っているからなのかもしれない。とても、腹立たしいことなんだけれど。
と、急激に近づいてきた気配に気づいて、俺はビクンと体を震わせた。
「なんでっ……」
口から零れ落ちたのは、心情そのままの疑問。
なんで、どうして、近づいてくる。
少し前。あの連れ込み宿で目が覚めて、俺は隣に眠っていたロディスが身じろいだだけで、目を覚ますのを待たずに部屋を出た。
つまりロディスは俺と共にあそこにいたことを知らないはずだ。
それとも、俺がまったく記憶にない昨夜のことを、まさかロディスは覚えているとでも言うのだろうか。
だから俺を追いかけてきたのか。
わからない、わからなかった。
ただ、此処が自分の家の浴室で、見まわしても逃げ場がないことだけは間違いがなくて、咄嗟に、たとえ短距離であったとしても転移魔法を、と思ったと同時、今の状態で使ってもいいのだろうかと躊躇した。
どう考えても今の自分は冷静ではなくて、失敗しそうだったと言うのもある。
しかも今、自分は裸だ。それで失敗して、いったいどこへ転移してしまうものか。
そんな風に動揺している間にも、感じている気配はどんどんと近づいてきていて、そのまま。いともたやすく部屋に入ってきたかと思うと、まっすぐこちらに向かってきたのだった。
「リティ!」
怒鳴るような大声と、浴室の扉が開け放たれるのが同時。
そこにいたのは青い髪を振り乱して、とりあえず身に着けたというのがありありとわかる乱れ切った服装のまま、濃いピンク色の目を爛々とぎらつかせた、先程から思い描いていた通りの存在。
「ロ、ロディス……」
嫌い合っているはずの同僚だった。
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