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5・新学期と学園祭

5-4・新学期の前に④

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 通常国主などと相対することとなった者が抱く感情は、恐れ多い、などと言うものが多い。
 今の彼女がティアリィに対して恐縮した雰囲気を見せているのも、ティアリィの実際の立場を、彼女が把握しているからに他ならない。
 否、そうではなくとも、公爵家の者相手というだけでこうなるのかもしれないが。
 しかし彼女が、聖王陛下、という言葉に滲ませた感情は、いっそ嫌悪と呼んでもよいようにも見えるようなものだった。

「どこまで彼の国のことを把握しておられるのか……それに、私が彼の国を出たのはもう5年以上前になりますから、今とは状況も変わっているのではないかとも思うのですが……」

 そんな風に言い添えて、アリアは躊躇いながら、だけど偽りなく彼女の知っている限りのあの国についてを、ティアリィ達へと話して聞かせてくれた。

「あの国は……あの王宮は、端的に言って地獄です」

 部屋の中には特に信頼のおける侍従や護衛を何人か配置してあるけれど、敢えてミディやピオラは同席させなかった。
 多分その方がいいような話となるのではないかと予想した為である。
 少なくともティアリィが伝え聞く限り、キゾワリの内情は、とても子供に聞かせられるようなものではなかった。
 それを裏付けるような内容で、アリアの話が続いていく。

「私あの王宮で耳にしたのは怨嗟と苦鳴。常に誰かしらが悲鳴を上げ、逃げまどい、捕まっては組み伏せられ、ひどく乱暴に扱われているようでした。あんな場所、正直私は踏み入れたくなんてなかった。でも、王族の方のお誘いをお断りすることなんて出来ません」

 特に彼女は当時、母親の再婚によって再婚相手の爵位を持つ家に引き取られていたとはいえ、元は平民で、引き取られた家も子爵位と、決して高位貴族ではなかったのだそうだ。
 ちなみに今は、ミディの兄、つまりフデュク商会の者の元へと嫁いだとのことなので結局身分としては平民である。

「口に出すのも悍ましいような行為が、そこ彼処で行われているような場所でした。ですが、皆、それが当然のような顔でそこで生活していた。あまつさえ聖王陛下は、そのような行為を、神聖で必要な行為なのだとまでおっしゃって……」

 彼女の話をある程度口を挟まず聞いていたティアリィは眉をひそめて、ひとまずと少しだけ確認する。

「それはその……つまり、暴行を受けていた、と?」

 口に出すのも悍ましい、などと、それ以外にはないとも思ったけれど。だけど、アリアは曖昧に頷いた。

「そうです、ね……ええ、暴行、ではあるのですが、その……殴る蹴る、などではなく、主に性的暴行を……」
「性的暴行……」

 むしろ暴力というのは可能な限り控えられてさえいたようだとアリアは言った。
 アリア曰く、ただ、押さえつけられ組み伏せられ、無理やりに体を開かされていたようなのだそうだ。
 そういったことが王宮内のあらゆる所で行われていた。
 とは言え、いくら殴る蹴るなどが控えられていた所で、そこにどんな意味があるというのか。
 はっきり言って異常だった。
 その上それが、神聖で必要?
 いったいどういう状況なのか全く何も理解できない。
 しかしそれが、彼女が実際に目にした、キゾワリの王宮の実情なのだという。
 話を聞くだけで、ティアリィは嫌悪を抱かずにはいられなかった。
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