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3・偽りの学園生活

3-68・最悪の夜⑤(アーディ視点)

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 アーディは涙に濡れる情けない父親の姿を見て、小さく、何処か呆れたように溜め息を吐いた。

「父様、結界、張り忘れてましたね」

 ティアリィと、そのような行為に及ぶ際にはほとんど必ず行使している常に自分たちや部屋に施しているのとは別の遮音結界。
 それは寝室内の出来事を、たとえ使用人と言えども他者に知られることを良しとしないティアリィを気遣うゆえのものだった。
 いつもなら怠らない、彼への気遣いの一つ。

「母様の悲鳴・・、聞こえてましたよ。護衛の者たちも侍女も、押し入っていいものなのかどうか戸惑って、僕の所へ指示を仰ぎに来ました」

 それは彼らも戸惑ったことだろう。なにせ室内にいたのはこの国の皇帝と皇后。自分たちが仕えている主たち二人だ。しかも、中で行われているのは明らかに二人の夜の営み。
 たとえ皇后の悲鳴が聞こえてきたとして、悲鳴を上げさせているのは皇帝なのだ。
 この国ではこれまで、そのようなことなどほとんど起こってこなかった。はじめての非常事態ともいえる状況に、彼らが迅速に動けたはずもなく。かと言って、聞こえてくる悲鳴に無視も出来ず。

「僕も迷ったんですけどね。父様が煮詰まってたのはわかってましたし。結界を忘れるぐらい、我を失っているんだろうってのも予想出来て。でも、母様の悲鳴が途中で変わったので、様子を見ることにしたんです」

 あまり聞きたいものではなかったが、痛みに呻くようだった母親の悲鳴にそのうち艶が混じり始め、やがて甘い嬌声へと変化していったので、アーディは立ち入らないことにしたのである。
 そして、周囲の者たちの心労も考慮して、父親が張り忘れていた結界を代わりに施すことにした。
 今、ここへ来たのは、自らが張った結界に変化を感じたが故だった。

「……その様子だと、止めた方がよかったのかもしれませんね」

 ミスティはどう見ても項垂れて打ちのめされている。
 それは自分の今夜の行動に対してなのだろう。とはいえ。

「もっとも、その場合、おそらく他者が室内の様子を確かめた段階で、父様は母様の結界に許容されなくなったんでしょうけれど」

 多分、ティアリィは今、この時であってもなお、ミスティの行動を悪意や害意ゆえのものだと見なしていない。
 だからこそ止まれなかったのではないかとアーディは考えている。
 それはきっと間違いではなく、だが、ティアリィがそう判断しなくても、おそらくは室内の状況を見た他の者は、そう判断しなかったのではないかとアーディは確信していた。
 そうでなくばミスティが、これほどまでに打ちのめされるはずがないのだから。
 ミスティはアーディを見て、唇を慄かせ。だが、何も言わず、静かに涙を流しながら目蓋ごと顔を伏せたのだった。
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