上 下
93 / 206
3・偽りの学園生活

3-54・休日⑤

しおりを挟む

「ティール!」

 ここしばらくで、すっかり耳慣れてしまった声に呼ばれて振り返る。
 そこにあった姿にティアリィ、否、ティールは驚いた。

「え?」

 え。ユーファ殿下?
 どうしてこの人がこんな街中にいるのだろう。わからない。わからないけど、ちらと、自分の手の先を見下ろした。

「母様?」

 きょとんと首を傾げたコルティ。
 どうしよう。そう考えたのは一瞬だ。まぁいいかとすぐに開き直る。
 この子の存在を、ユーファ殿下がどう受け止めるかなど知らない。だが、どう受け止められても構わないとそう思った。

「コルティ。どうやら知り合いのお兄さん・・・・・・・・・が其処にいるみたいなんだ」
知り合いのお兄さん・・・・・・・・・……」
「そう。知り合いのお兄さん・・・・・・・・

 ティールの言葉を繰り返すコルティに頷く。
 先程のユーファ殿下からの呼びかけが、当たり前に耳に届いていたのだろうピオラ達も、彼を目にして、驚きに目を見開いていた。
 ややあって、それを気にしながら控えめにティールに申し出てくる。

「あの、ティール、コルティのこと、こちらで見ていましょうか?」

 ピオラの言葉に、ティールはふるりと首を横に振った。

「いや、構わない。多分なるようになるよ」

 そんなピオラとティールのやり取りに何か思うことでもあったのか、コルティが二人をじっと見つめていた。

「コルティ?」
「ティール!」

 コルティからの視線に、ティールが首を傾げたのと、近づいてきていたらしいユーファ殿下が再度声をかけるのが同時。
 相変わらずのさわやかな笑みに、ティールはもはや溜め息さえ出ない。

「偶然ですね、ティール。このような所で会えるとは思ってもみませんでした」

 にこ! と笑いながらそう言われると、ティールは何も返せなくなる。ただかろうじて笑顔を浮かべた。

「本当ですね、ユーファ殿下。殿下こそこのような所でどうなさったんです?」

 そう訊ね返した。
 にこ! また返される満面の笑み。眩しい。相変わらずこの少年の笑みは、暑苦しいほどの眩しさに満ちていた。このような街中で眺めると、余計にそう思えるのかもしれなかった。
 ティールは正直、この少年があまり得意ではないのだけれど、どうしてこんな休日にまで。
 思っても顔には出さないティールの手が、くいと下に引かれ、

ティール・・・・。この人が知り合いのお兄さん・・・・・・・・・?」

 コルティが口に出したのは、ティールを母とする言葉ではなく、このような幼さで状況を察したらしい敏さに、ティールは内心で感動した。
 ああ、幼いばかりだと思っていたけれど、随分しっかりしてきていたのだな、なんて、成長が嬉しくて。自然、顔を綻ばせたティールを、ピオラなどは近くで呆れたように眺めていた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

幼馴染はファイターパイロット(アルファ版)

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:93

異世界で魔工装具士になりました〜恩返しで作ったら色々と大変みたいです

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:9,004pt お気に入り:1,357

イアン・ラッセルは婚約破棄したい

BL / 完結 24h.ポイント:1,838pt お気に入り:1,929

私はあなたの母ではありませんよ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,072pt お気に入り:3,404

【本編完結】農民と浄化の神子を並べてはいけない

BL / 連載中 24h.ポイント:177pt お気に入り:1,888

処理中です...