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3・偽りの学園生活
3-54・休日⑤
しおりを挟む「ティール!」
ここしばらくで、すっかり耳慣れてしまった声に呼ばれて振り返る。
そこにあった姿にティアリィ、否、ティールは驚いた。
「え?」
え。ユーファ殿下?
どうしてこの人がこんな街中にいるのだろう。わからない。わからないけど、ちらと、自分の手の先を見下ろした。
「母様?」
きょとんと首を傾げたコルティ。
どうしよう。そう考えたのは一瞬だ。まぁいいかとすぐに開き直る。
この子の存在を、ユーファ殿下がどう受け止めるかなど知らない。だが、どう受け止められても構わないとそう思った。
「コルティ。どうやら知り合いのお兄さんが其処にいるみたいなんだ」
「知り合いのお兄さん……」
「そう。知り合いのお兄さん」
ティールの言葉を繰り返すコルティに頷く。
先程のユーファ殿下からの呼びかけが、当たり前に耳に届いていたのだろうピオラ達も、彼を目にして、驚きに目を見開いていた。
ややあって、それを気にしながら控えめにティールに申し出てくる。
「あの、ティール、コルティのこと、こちらで見ていましょうか?」
ピオラの言葉に、ティールはふるりと首を横に振った。
「いや、構わない。多分なるようになるよ」
そんなピオラとティールのやり取りに何か思うことでもあったのか、コルティが二人をじっと見つめていた。
「コルティ?」
「ティール!」
コルティからの視線に、ティールが首を傾げたのと、近づいてきていたらしいユーファ殿下が再度声をかけるのが同時。
相変わらずのさわやかな笑みに、ティールはもはや溜め息さえ出ない。
「偶然ですね、ティール。このような所で会えるとは思ってもみませんでした」
にこ! と笑いながらそう言われると、ティールは何も返せなくなる。ただかろうじて笑顔を浮かべた。
「本当ですね、ユーファ殿下。殿下こそこのような所でどうなさったんです?」
そう訊ね返した。
にこ! また返される満面の笑み。眩しい。相変わらずこの少年の笑みは、暑苦しいほどの眩しさに満ちていた。このような街中で眺めると、余計にそう思えるのかもしれなかった。
ティールは正直、この少年があまり得意ではないのだけれど、どうしてこんな休日にまで。
思っても顔には出さないティールの手が、くいと下に引かれ、
「ティール。この人が知り合いのお兄さん?」
コルティが口に出したのは、ティールを母とする言葉ではなく、このような幼さで状況を察したらしい敏さに、ティールは内心で感動した。
ああ、幼いばかりだと思っていたけれど、随分しっかりしてきていたのだな、なんて、成長が嬉しくて。自然、顔を綻ばせたティールを、ピオラなどは近くで呆れたように眺めていた。
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