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3・偽りの学園生活
3-34・蟻の毒(アーディ視点)
しおりを挟むピオラは昼の考えをそのまま夜に実行へと移した。
つまり、とりあえずの弟たちへの報告である。
そもそもピオラが何かを直接、父に話すことなどほとんどない。その程度には子供たちにとって、父親という存在はかかわりが薄かった。
子供たちに自分から積極的に関わってこようとする母とは対称的だ。
あれはあれで少しばかり、過干渉の気があるのだが。
父自身が多忙だというのもあるが、父の場合は単純に母への比重が大きすぎて、それ以外が少々おざなりになりがちだというだけだろう。否、だから仕事をする以外の余裕がなくなってしまうのか。
子煩悩な父親ではないことだけは確かである。それが良いか悪いかはともかくとして。
自室にてテーブルに置いた通信機からピオラからの報告を受け取っていたアーディは頬杖をついて、気のない態度で相槌を打った。
ちなみに隣では、逆向きに椅子に座ったグローディが、手持無沙汰そうにガタガタと椅子を揺らしている。
お行儀が悪い。
「ふーん? ところで、リアラクタ嬢って実際の所、どうなの?」
いつも通りの母はともかく、どちらかというとそちらの方が気になった。
『よくはありませんわねぇ……少なくともファルエスタにとっても我が国にとっても、彼女の存在はいい風に作用しませんわ。ああ、でも面白いことにあの方、時々、ティールの結界に抵触なさらないようでらっしゃいますのよ?』
眉をひそめ、彼女を表したピオラは、しかし思い出したとばかり、最近気づいた事実も弟に伝えることにした。
そこに潜む事実は、リアラクタの精神性を表している。
つまり彼女は誰かに対して、害意や悪意を持っていない時があるということだ。
「へぇ? 確かに、それは面白いね。じゃあ、よくないのは彼女の背後の方かな?」
ティールへの態度を考えると、到底そんな風には思えない。にもかかわらず、その事実があるのだとしたら、彼女はもしかしたら本来は、とても純粋な人物なのかもしれない。
そんな人物がそうであれない環境なんて、考えられる理由は一つしかないだろう
『だと思います。出身国が、あのキゾワリですから』
国を通った時に、それだけで刺客を差し向けられたのは、古くはない記憶だった。
あの国にとってナウラティスは、仮想どころではない敵国なのだ。ナウラティスとしては対応に困るとしか言えないが。
悪意を向けられては無視も出来ないが、ナウラティスとしては彼の国に含むものなど何もないので。
と、言うよりは国力に差がありすぎて、相手にならない。
例えるなら象に対して、蟻が攻撃してきているようなものだ。しかしその蟻とて毒を持つことはある。
どれほど効果が少なくとも、無視できないほどに増長するようなら、振り払うしかなかった。
「うーん、程度によるなぁ。とりあえず父様への報告は保留だね」
『その辺りはお任せしますわ』
ピオラは、この四つ下の弟を殊の外、信頼しているのである。
アーディ自身もそれに応えるのは全くやぶさかではなく。今日の所はこれぐらいかと、通信を切る間際、そう言えばとピオラが問いを口に出した。
『ところで、今、お母様は』
ティアリィは現在、ピオラにそばにはおらず、王宮に戻ってきている。
アーディは肩を竦めた。
「とっくに父様に捕まってるよ。今日はコルティの寝かしつけも出来なかったみたいだね」
こちらに着いて早々、父に連れ去られていった母はいっそ憐れだったが、いつものことではあった。
グローディに視線を向けると、彼も肩を竦めている。
『あらぁ。なら、明日は労わって差し上げなくてはなりませんかしら?』
「それは……やめておいた方がいいと、思うよ……」
あの母のことだ。そんなことをされた方が、居た堪れないと思うことだろう。
この姉も時々少しずれている。
アーディからのたしなめに、
『わかりましたわ』
素直に頷いたピオラは、それを最後に通信を切った。
「で、お前はどうするつもりなんだ?」
通信機の反応がすっかりなくなったのを確かめてから、面白そうにグローディがアーディの顔をのぞき込んできた。
アーディはそれに肩を竦めることで答える。
「別に? どうもしないよ、今はね。でもちょっとあの国のことは調べとこうかなとは思う」
蟻の持つ毒の種類ぐらいは、把握しておきたいので。
こんなこと、本来ならアーディのすることではないのかもしれないけれど。
「ま、ほどほどに」
「そうするよ」
止めるでもないグローディに、アーディは笑って頷いた。
いつも通りの夜の出来事だった。
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