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3・偽りの学園生活

3-19・忌々しい(ミスティ視点)

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 全く冗談ではなかった。
 ミスティはティアリィにやりこめられてはいても、納得など微塵もしていない。
 リアラクタ・キゾセア。見目だけは人形のような忌々しい小娘め。
 よりにもよってティアリィを目の敵にするなんて。
 彼女の存在がなければ、ティアリィは早々に留学を切り上げるつもりだったと聞いている。
 そもそもの目的だった王太子は特に問題のない人物で、ティアリィの目から見ても、ピオラの結婚相手として過不足が特になかったらしい。
 明朗で快活。見目も良ければ武にも魔法にも長け、人格にも問題がなければ、ピオラとの相性だって悪くない。
 ほんの数日、数週間。隣で過ごしただけにもかかわらず、あのティアリィがそう判断を下すのだ。
 余程の好人物なのだろうと思われた。
 そんな少年と短期間とは言え、ティアリィが学園生活を過ごすと知って、ミスティは嫉妬の念に駆られたがそれをぐっと堪え、毎晩身を切られる思いに駆られながらティアリィを送り出してきた。
 ほんの少しの辛抱だと思っていたからだ。
 幸いにしてか、本当に短期間でティアリィの予定外の留学は終わろうとしていて、ミスティがほっと息を吐いた矢先である。
 新たな懸念事項として浮上したキゾワリの第十三王女。どうして忌々しく思わずにいられるというのだろうか。
 ともすればすぐにでもどす黒い思いに駆られそうなところを何とか抑え、勤めて彼女に悪感情を抱かないよう気を付ける。
 そうでもしなければ今のミスティでは、国に帰れなくなってしまいそうだった。
 ミスティは自覚している。
 この感情が行き過ぎれば、おそらくミスティはすぐにでも、自国の守護結界に阻まれる。そうなるとどうなるのか。まず、間違いなくティアリィの側にはいられなくなることだろう。
 同じ結界はティアリィ自身にもかけられているのだ。もしかすると触れることすら叶わなくなることなど、想像するだけでぞっとした。
 全くつくづく厄介な結界だと思う。
 実の所、ミスティは自国の守護結界をよくは思っていないのだ。
 でも。それこそがナウラティスの防衛の要、国を国たらしめているくびき。失くすことなどできるはずがなく、あれがあるからこそ自国民は皆、安全に生活出来ていると言えた。
 悪意や害意を阻むというのはそういうことだ。
 全くなんてことだろう。当の国を治めている皇帝が、これほどまでにその結界に抵触しそうになっているだなんて。
 笑えない話だった。
 だからこそ、ミスティは自信の気持ちを努めて整理して、湧き上がりそうになるリアラクタ・キゾセアへの憎しみをかき消した。
 その代わりにティアリィを思う。彼だけを一心に思う。
 恋しくて、恋しくて、愛しくて。
 ミスティにちっとも捕まったままではいてくれない愛しい彼。

「ほんと、どうしようもない」

 はぁと、溜め息を吐いて呟いた。
 ミスティに釘だけ刺してティアリィは、びしょ濡れの自身を魔術を駆使してさっとまるでなかったかのように整えると、ユーファ殿下が探しているかもしれないなどと言って教室まで戻ってしまった。
 流石にさっきの今で追いかけることもできず、ミスティはティアリィの後姿を見送らざるを得ず。悔しい思いは増すばかり。
 だけど、せっかくここまで来たのだからと、自身に目くらましの魔法をかけ、学園をしばし散策することにする。
 他国の学校は興味深く、だが、学生特有の空気のようなものは自国のそれと大差なく。なんだか懐かしいような感慨に襲われた。
 ティアリィと共に過ごした6年。自分の気持ちが悟られないようにふるまうのは苦しく、しかし未来を思えば楽しくもあった。

「しかしティアリィも、まさかあんな年になってまでもう一度学生にならなきゃいけなくなるなんてねぇ……」

 きっと本人も予想していなかったはずだ。
 いっそ自分も、と思いかけたが、流石に無理があるかと考え直した。
 少し前までとは違って、今はティアリィと、ほとんど毎晩、触れ合えている。
 その触れ合いが、いかにミスティにとって足りないものであったとしても、会えない日々を思うと、堪えられないようなものではなく。

「とりあえず今晩、もう一度、話をしてみようかなぁ……」

 リアラクタ・キゾセアをどうするつもりなのかは流石に問い詰めようと決め、ミスティは視察のようにこっそりと誰にも見つからず、しばらくの間、他国の学園を見て回ることにした。
 なんとも言えない懐かしさのようなものを抱きしめながら。
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