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2・旅程と提案

2-19・動揺

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 勢いで転移してしまったけど、そのままでいいわけがないことぐらいわかっていた。

『ティアリィ!』

 ミスティの悲痛な声が耳の奥、まだ響いているような気さえする。
 でもティアリィはまだミスティに会えるような心情ではなくて。

「母様?」

 コルティが心配そうにティアリィを見上げている。
 急に戻ってきたティアリィに、別れた時のまま、まだおしゃべりを続けていたらしいピオラとミデュイラともう一人の少女は目を見開いて驚いていた。
 だが、すぐにピオラが何かを察したらしく、少女二人に言って席を外させている。
 パタンと、少女たちの出ていった扉の音にも、ティアリィはまだ反応できなかった。
 コルティを抱えたままその場に立ち竦んで。

「お母様」

 ピオラが控えめに呼びかけ、せめてと席に座るように促した。
 少女たちが掛けていた椅子の片方だ。
 おとなしく座ったティアリィは、それでもまだコルティを離せず、ぎゅっと抱きしめ唇を噛みしめた。

「……何があったのか、わかるような気がしますわね」

 お父様にお会いになられたのでしょう?
 ずばり、ピオラに言い当てられ、びくり、ティアリィの肩が震えた。

「どうして」

 なぜ、わかったのか。

「わかりますわよ。お母様がそのように動揺なさるなんて、父様のこと以外ございませんもの」

 ピオラがおかしそうにくすくすと笑う。
 そうされると、強張っていたティアリィの腕からも力が抜けていって。
 コルティがするとティアリィの腕の中から出て、一人で隣の椅子に座った。
 深い、溜め息が零れ落ちる。

「アーディの部屋でね。ちょっと話をしていたんだけど、其処にミスティが来て」

 それで。
 小さく呟くティアリィに、ピオラはちっとも責めるような眼差しは向けなかった。それどころか、少し、眩しそうに目を細めている。

「逃げて来られたんですのね。ふふ。お母様らしい」

 ピオラの言葉には、むしろ憧れのような物さえ滲んでいるようだった。
 そんな風に言われると、余計にティアリィは恥ずかしくなる。からかわれている、という風ではないのだけれど。自分の行動が褒められたものではない自覚があるからなのだろう。

「ピオラ……」
「いいじゃありませんの。お父様のことになると、お母様はいつもお可愛らしいですわ。私には羨ましいぐらい」

 誰が、どう羨ましいというのだろう。ピオラの言葉からはそこまではうかがい知れなかった。

「母様、今日コルティ、お泊り?」

 くいと袖を引かれ、隣から確かめられて、ティアリィは一瞬言葉に詰まった。お泊り。ああ、そうだ、コルティを連れてきてしまったのだった。
 そんな予定ではなかったので、泊まる準備など当然ない。王宮の方は、きっとアーディが何とかしてくれているだろうとは思う。本当はすぐにも帰した方が良いのかもしれなかった。でも。

「……うん、そうだね。今日はお泊り」
「うわぁーい! やったぁ!」

 今日、一晩ぐらいはと決めて、そう告げるとコルティは無邪気に喜んだ。

「でしたら、アーディには連絡しておきますわね」
「あ、ああ、頼む」

 通信機を指してピオラが請け負ってくれたので、ティアリィは言葉少なく頷いた。
 まだ少し動揺が残っている。
 それに明日の朝には出発する予定で、今日コルティを泊まらせたとしても、朝には帰さなければならない。
 コルティ一人を連れた転移ぐらいなら造作もないので、それ自体に問題はない。問題は、ないのだけれど。
 王宮に、明日の朝、一度帰らなければならないのかと思うとどうにも気が重く。
 ティアリィは零れ落ちた溜め息を耐えるすべを持たなかった。
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