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2・旅程と提案
2-14・国境付近にて
しおりを挟むミーナをがっかりさせながらも、国境付近まではほとんど何事もなく進むことが出来た。
その代わりのように、出しっぱなしの幻影は相変わらず幾度か襲われていたし、検問も厳しいまま。
挙句の果てに、もう一つの囮である商会の者たちが何者かに襲われ、怪我を負ったらしい。幸いにして大したことにはならず、同行していた魔術士による治癒で事なきを得たのだとか。
いずれにせよ此処まで来ると、狙われていることだけは確実だった。
ティアリィ達に、心当たりなどなく、理由もわからないまま。
だが、それとは別に今度こそティアリィ達が襲われたのは、件の囮として別行動をしていた者たちとの合流を目前に控えた林の中で、どうやら過剰な検問や、今まで幻影を襲ってきていた何者かの作意の外の、ただの強盗の仕業であるらしかった。
何分、襲い掛かってきた者たちに統率などは何もなく、腕前も大したことがあるようには見えない。しかしそれでも人数が多かったので、場所の確保のためにも、否、いない方が動きようがあると言われ、ティアリィ達は今まで行動を共にしてきていた商団とは、一端、別れて動くこととなった。
「正直あんたらは邪魔なんだ。先に行ってくれた方が助かる」
そんな言われ方をしたら、従わないわけにはいかない。少し先、林を抜けるとすぐの場所は、ちょうど、別行動の者達とも合流する予定の大きな街道と交差する地点になっている。
其処で落ち合おうと短く言葉を交わし合い、促されるまま、盗賊たちを商団の者たちがひきつけてくれている間に先へと走り抜ける。
追ってきている者もいるにはいるが、大部分をひきつけるのに成功しているらしく、数えるほどの人数だった。
とは言え、気がかりなことに違いはなく、ティアリィはピオラに自然厳しくなった口調で確かめる。
「結界は?」
「すでに彼らにはかけております。国境ぐらいまでなら持たせられるはず」
対象は勿論、自分たちではなく、後ろに残してきた彼らの方。
違わず意図をくみ取ったピオラに頷いて、ティアリィは更に申し付けた。馬車の中、残りの護衛3人は外で周囲への牽制を請け負ってくれている。
「こっちの防御はいい。あっちに集中してくれ」
「わかりました。こちらはお母様が? 魔力は大丈夫なんですの?」
「ああ。さっき幻影も解いたからもう心配ないよ」
これまで常時出しっぱなしにしていた、囮としていた幻影魔法を解いた。
ここしばらく懸念されていた魔力消費の問題は、これで解消されたはず。
「よかった」
ピオラがどこか安堵を滲ませた声で呟いて頷いた。
「うーん、待ってた展開ではあるんだけど……此処でじっとしてるってのもつまんないわね」
これまで二人のやり取りを黙って聞いていたミーナが、おもむろにそんなことを言い出す。
「ね、母様。私ちょっと外で撃退して来るわ。いいでしょ?」
眉根を寄せたティアリィを振り仰ぎ、そんなおねだりまでしてきた。ティアリィはしばし考えて、そっとミーナに触れ、彼女自身に防御魔法をかけながら渋々と言わんばかりに小さく頷く。
「……ほどほどにな」
ミーナの魔術の腕なら問題ないだろう。何分、ティアリィとミスティの実子だけあって、魔力の多さも、それを行使する腕前もアーディに次ぐ。結界だけはピオラに勝ちを譲っていたが、それ以外に心配する要素などなかった。まだ8歳にもなっていないのだけど。幼さゆえの無鉄砲さも、ミーナならおそらく勝機に変えられた。
「やった! ありがと! 母様!」
一瞬ぎゅっとティアリィに抱き着き、次には弾丸のように外へと飛び出していく。すぐに幾人かのうめき声が聞こえてきて、どうやら首尾よく、追ってきていた者たちを撃退できたらしいことを知った。
いったいどんな魔法を行使したのか。この調子だと、瞬殺だったことだろう。
「ねー、母様ー、のしたやつらってどうすればいいの?」
「放っておいていい。どうせすぐこの国を出る」
外から訊ねられ端的に返した。
「はぁーい」
なんて返事と一緒に、ミーナが馬車の中に滑り込んでくる。
「手応えなさ過ぎたんだけど。これじゃ全然つまんない! んもー。後ろに残ればよかったかなぁ…」
「ミーナ」
子供らしい我儘さで、そんなことまで言うミーナのことを名を呼ぶことで窘めた。
ミーナは不貞腐れたようにやや乱暴に椅子に座る。
しばらくして大通りに出たのだろう、ガタガタと派手な音を鳴らしていた馬車はその歩みをゆっくりにしたものへと変えた。
ほとんど止まっているかのような速度で進んでいると、ガラガラと先程別れた商団の馬車が追いついてくる。どうやら無事、事なきを得られたらしい。
「数の割に大したことないやつらでしたね。いやぁ、勝手を言って申し訳ない」
「いえ。大事なかったようで何よりです」
申し訳なさそうに話しかけられ、外に出ていたティアリィは首を横に振って構わないと告げた。
商団の人間もにしゃりと勝気な笑みを見せる。
「これぐらい。何かなんてあるわけがございませんよ。ご安心ください」
頼もしい言葉に頷いている間に、どうやらもう一つの集団の方も合流できたらしかった。
そこから国境までは、今度こそ何も起こらなかった。
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