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2・旅程と提案

2-2・手紙について②(アーディ視点)

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 同じ頃。ティアリィの予想通り、手紙を見つけたミスティは焦っていた。
 慌ててポータルへと向かおうとした所を、しかし、二人の子供たちにより足止めを食らう。

「父様」

 ミスティの叫び声を聞いて、焦るでもなくティアリィの執務室に足を踏み入れたアーディとグローディは、今にも転移しそうだったミスティを、呼びかけることで静止した。

「アーディ、グローディ」

 二人を認めて、ミスティがぎゅっと顔をしかめる。おかしな顔だとアーディは笑った。

「追いかけてはいけませんよ」

 そもそも多分、行先もわからず、追いかけられないとは思うけれども。
 内心で付け加えて釘を刺す。
 見るからに不服そうな珍しいミスティの様子に、今度はグローディも笑みを浮かべた。

「追いかけてはいけないと、其処に書いてあるでしょう? 従わないと、母様はますます機嫌を損ねると思いますよ」
「それにほら、ここ」

 窘める調子で告げるアーディに、ミスティに近づいたグローディが、ミスティの手に持たれたまま、少しくしゃくしゃになってしまっている手紙の一部分を指し示す。

「母様のお気持ちが、父様からは離れていない証拠です」

 愛しているだとかなんだとか、わざわざあの母様が付け加えているのだから、そう焦る必要などないと言い添えた。
 それにミスティが少しだけ落ち着いた様子を見せ始める。
 アーディが畳みかけた。

「母様がおっしゃっておられるように、父様も少し落ち着かれた方がいいですよ。母様がこんな行動に出た理由、どうせわかっていらっしゃらないんでしょう? もう少し母様の気が済むまで……そうですね、せめて向こうでポータルの設置が完了まで、でしょうか」
「そんなもの……一月ひとつき以上も先じゃないか」

 今回の予定の最初に、先方の国ファルエスタでのポータルの設置が組み込まれている。だが、当然、ファルエスタには到着している必要があり、そこに行くまでだけで、だいたい一月ひとつきはかかる予定となっているのである。せめてその期間ぐらいは時間を置くべきだとの窘めに、ミスティはあからさまに気分を害した。
 そんなもの、耐えられる気がしない。
 言葉にせずとも訴えかけてくる父親の子供のような様子に、アーディはなんだか楽しくなってくる。それは、どうやらグローディも同じようだった。
 普段見ることのない父親の子供っぽい姿など、なんだか滑稽で堪らなかった。

「父様。それぐらい耐えられなくては。そもそも、一月ひとつきなんて、お仕事をしているとすぐ・・ですよ」
すぐ・・なわけないだろう?!」
「まぁまぁ、いいからいいから。それに母様からの他の手紙。見たくないですか?」

 アーディたちがティアリィに書かせた手紙は、今ミスティが手にしている一枚だけではない。
 餌で釣るようなアーディの発言に、しかしミスティが揺れていることが分かった。ややあって溜め息とともに頷いてくる。
 ティアリィからの手紙、がおそらく気になっているのだろう。

「……わかった。今日は追わないでおく。その代わり、」
「ええ、然るべき時、然るべきタイミングで、ちゃんと父様にお渡ししますよ」
「然るべき時って何だいったい……」

 にやにやと笑うばかりのアーディの発言は、勿論ミスティが呑み込めるものではない。だが。
 これは言っても無駄だろうと、ミスティは肩を落として、いずれにせよと今この場では諦めることにした。
 手元の紙に目を落とす。

『愛して、います』

 ティアリィの書いたその一言だけを心に刻んで、ミスティは今、自分を慰めるしかないのだった。
 とぼとぼと自分の仕事に戻ることにしたミスティは気付かない。
 父親を丸め込んだ子供たちがその背中に向かって、

「しっかし、父様も馬鹿だよなぁ。母様が俺達を放っておくわけないじゃん? コルティもまだ小さいんだし。毎日帰ってくるっていうのに」
「そこに思い至れてないってところが、まだ落ち着けてない証拠だよね。はは。面白いなぁ。あんな父様なかなか見れないよ」

 こんな会話を交わしていたことなんて。
 はじめこの話を聞いた時には、いったいそれはどうなのかとあまり賛同できなかったのだけれど。こうなってくるとなんだか楽しい。
 さて、あの父は、なんだかんだおそらく毎日帰国する母に、いったいいつ気付くのだろうか。

「賭ける?」

 グローディからの提案に、アーディは肩を竦めて首を横に振った。

「やめておくよ。賭けにならない」
「確かに」

 はは。声を立ててグローディが笑って、アーディも笑う。
 本当に寂しがってぐずっていたコルティだけが、少し、かわいそうだっただろうかとは、ちらと思った。
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