上 下
17 / 206
1・きっかけと要因

1-15・青天の霹靂(ミスティ視点)

しおりを挟む

 ミスティは、ティアリィがピオラをひどく心配していたことを知っていた。
 だから無事出立したことを報告しなければと思ったのだ。
 ぐずったコルティに付いていて、見送りに立ち会えなかったのだから余計にと。
 まずはコルティの元へ急いだ。だがそこにいたのは泣き疲れて眠ってしまったらしいコルティの寝顔と、彼女に付いていたらしい女官のみ。ティアリィの姿はなく、ならばと次は彼の執務室へ向かった。
 魔術師塔に足を延ばしている可能性もあったが、今の時間なら執務室だろうとそう判断して。
 時折、投げかけられる、すれ違う侍従や文官のもの言いたげな視線にも気づかぬままに。
 辿り着いた執務室は閑散としていた。
 ティアリィの姿はない。
 それどころか、まるで主が長く不在になるのを示唆するがごとく物が減っていて、全てがきちんと整頓されている。
 元々ティアリィは散らかす癖など持っていないので、いつもきれいに整えられてはいるのだが、今の様子はそれでは説明がつかないほどには何もなかった。
 書類の一枚も、執務机に乗っていないのだ。
 ぞっと、嫌な予感が背筋を這い上がっていく。

「ティア、リィ……?」

 震える声で彼の名を呼んでみる。当たり前だが、応える声はなかった。
 どれだけ部屋を見回しても、侍女や侍従の一人として存在していなかった。
 得も言われぬ焦りが、ミスティを支配していく。せ、せめて何か……と、自分が何を求めているのかもわからぬまま、執務机に足を向けた。引き出しはおそらく施錠されていて開けられないだろう。だけど。
 と、近づいてみてはじめて、書類の一枚もないと思っていた机の上に、しかし書類というには小さすぎる紙片がぴらり、乗っていることに気付いた。
 ティアリィが好んで使っている凝った意匠の文鎮の下に差し挟まれている。一見する程度では気付かない程に小さい。二つ折りになったそれに、ミスティは導かれるようにして手を伸ばした。
 知らず震え始めた指で紙を取り、かさ、中を開く。
 果たして、そこにあったのは見慣れた流麗な筆跡。癖の少ない手本のようなティアリィの文字だ。書かれていたのは。


『ミスティへ

 今のままではあまりにひどいので、少し落ち着く為にも俺たちは少し距離を置いた方がいいと決めました。
 ちょうど、ピオラも心配だったし、ちょっとあの子について国を出ることにします。
 護衛は増やしたので心配しないで。
 絶対に追ってこないでくださいね!
 俺がいない分の公務も、頑張って!
 あ……愛して、います……

 あなたのティアリィより』



 そんな、短い文面で。
 ミスティの手がわなわなと震えを大きくする。

「ティ、ティアリィ?!」

 次いでミスティの喉から迸ったのは、初めて出すような叫び声だった。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

番だと言われて囲われました。

BL
戦時中のある日、特攻隊として選ばれた私は友人と別れて仲間と共に敵陣へ飛び込んだ。 死を覚悟したその時、光に包み込まれ機体ごと何かに引き寄せられて、異世界に。 そこは魔力持ちも世界であり、私を番いと呼ぶ物に囲われた。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

婚約破棄されたから能力隠すのやめまーすw

ミクリ21
BL
婚約破棄されたエドワードは、実は秘密をもっていた。それを知らない転生ヒロインは見事に王太子をゲットした。しかし、のちにこれが王太子とヒロインのざまぁに繋がる。 軽く説明 ★シンシア…乙女ゲームに転生したヒロイン。自分が主人公だと思っている。 ★エドワード…転生者だけど乙女ゲームの世界だとは知らない。本当の主人公です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

処理中です...