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1・きっかけと要因
1-2・6年前の話。自覚と逃亡と、
しおりを挟むティアリィが伴侶であるミスティへの恋心を自覚したのは、彼らが婚姻式を上げて4年目。すでに二人目の子供を成し、ミディフォリナと名付けられたその女の子がちょうど2歳になった頃のことだった。
その更に半年ほど前に、ミスティは早々に皇帝へと即位していて、それに付随する同盟国への挨拶回りに、長期間に渡って出国していた。
中には新たに同盟を結んだ国が幾つかあり、更に国をまたぐ移動を可能とする転移魔法のポータルが設置されていない国も含まれていて。それがゆえに道程は数か月に及び、外交が絡む以上、警備面での問題も発生し、必然、まだまだ子供も幼く、長旅には同行できなかったティアリィとは数か月、顔も合わせられない事態に陥った。
勿論、通信魔法を使って連絡を取り合ってはいたのだが、繋がっていたのは音声のみで、影すら全く見ないまま日々は過ぎて。
そうして数か月ぶりに帰ってきたミスティを見た途端、ティアリィはばくばくと高鳴る心臓の音と、赤く火照った顔とを持て余し、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、捕まって、ついにはこれがつまり彼への恋心が故なのだと自覚するに至ったのだった。
ミディフォリナ……――ミーナは2歳。本来なら彼女が1歳を過ぎて、存在が確と成った頃に、ミスティは次の子供を望んでいた。ティアリィとの子供ならいくらでも欲しい。否、彼をつなぎとめる楔は多ければ多いほどいいと考えていたので。
だからこそ1人目であるアーディと2人目のミーナは2歳しか年が離れておらず、次も同じようにと考えていたのである。
それが叶わなかったのは、半年後の戴冠が決定されたからだった。
勿論、ミスティ、ティアリィともに難色を示したが、ミスティの両親である先代皇帝、皇后の退位の意思は固く、仕方なく皇帝位を譲り受けることとなった。
ミスティ、ティアリィ共に23歳。少しばかり予定より早い戴冠だった。
その状況で、流石にすぐにと子供は望めない。だからミスティは彼自身の中で1年予定を遅らせることとした。戴冠と、続く外交も終わらせたその後にと。最愛の相手とも離れ離れで数か月。帰国できるのを心待ちにしていたと言ってもいい。
しかし、ようやく会えた愛しい相手はミスティの顔を見るなり……――逃げた。ぼっと、可愛らしく顔を真っ赤に染めて、ぽやんと惚けたようにミスティを見つめて、しばらく。
「ティアリィ?」
不思議そうに呼びかけたミスティの声に我に返り、次の瞬間、踵を返して逃げ出したのだった。
それはもう、脱兎のごとく。
「ティ、ティアリィ?!」
ミスティは驚いた。目を見開いて驚いて、そして勿論。追いかけた。
荷物や出迎えてくれた従者、女官、仕事の報告にと出向いていた宰相や文官など全てをその場に放り出したまま。逃げるティアリィを追いかけたのである。
いや、だって逃げるから。
会いたかったのに。会いたくて会いたくて仕方なかったのに、逃げるから。
だから追いかけた。
24歳にもなって子供っぽい? そんなこと考える余裕さえない。そもそも逃げるティアリィもミスティと同じ年だ。
その場には3人の子供たちもいたのだが、いきなり駆け出した母とそれを追う父を見送る彼らの顔が、啞然としたものとなったのも仕方がないことだっただろう。
後々、時折二人のやり取りを見る子供たち、とりわけ長男のアーディの視線に呆れが混じるようになったが、これもまた当たり前のこと。
しかも、逃げるなら逃げるで転移魔法でも使用すればいいのに、走るという選択肢を選んだ辺り、ティアリィの恐慌ぶりが窺い知れて、余計に呆れるしかなかった。
ティアリィは逃げた。走って逃げた。だってその場にいられなかったのだ。頬が熱くて、心臓が高鳴って、どうしてか落ち着かなくて。いても経ってもいられなくなって、気付けば駆け出していた。
転移魔法を使うという発想さえできない。ただ、その場にいられない、ミスティの目に自分が映っている、その事実に耐えられない、その一念で。ミスティがまさか追いかけてくるとも思わず走って、走って、走って。辿り着いたのは裏庭を抜けて王宮の端。限られた者しか入ることさえできない、森の側に建つあの塔だった。
いつかのあの日。ミスティと存在を混じり合わせた、異界を臨む魔術に満ちた場所。どうしてその場所だったのか、それはティアリィにもわからない。ただ。
「ティアリィ」
そんな場所。捉まえに来たミスティを、喜ばせるだけだったことは、確かだ。
「ミスティ」
ようやく捉まえられたティアリィは。赤い頬を持て余し、どうしようもなく、愛らしかった。
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