6 / 10
6
しおりを挟む結局、俺と男が落ち着いて、改めてお互いについて名乗り出来たのは、数時間経ち、あの赤ん坊の授乳を一度差し挟んで、しかしすぐに再開して更に数時間。俺からすると三回目の、赤ん坊の授乳の時だった。
ちなみに途中で1度あった授乳の際には俺は半ば以上朦朧としており、辛うじて自分が何をしているのかがわかる程度、碌に赤ん坊も抱いていられず、男に支えられるがままに任せる始末。
済んだと見るやまたしてもやや強引に赤ん坊は腕の中から取り上げられ、俺はまた男に寝台へと押し倒され、揺さぶられ。眩むような快感の奔流に、今度こそ遠ざかった意識が戻ってきたのは赤ん坊の泣き声が聞こえてきたから。
うっすらとかろうじて目を開けたなら、俺はまた男が支えるがまま、赤ん坊を胸元に引き寄せさせられていたようで。眉をひそめ、流石にと自分で自分に治癒魔術を施した上で、ようやく口を開くことが出来たのである。
僅かばかりのどに痛みも感じて、そちらも治してから口を開いた。
多分そのままだときっと、声は掠れきってしまっていたことだろう。
それぐらいには耐えることなく、喘ぎ続けていた自覚がある。
溜め息を吐いた俺に、男が意識を向けたのがわかった。
「……ところで、貴方の名は?」
それにこの子はいったい。
本当ならもっと早くにしなければならなかった、言うならば自己紹介。それが今更になるだなんて。
ちらと、後ろから俺ごと赤ん坊を支えてくれている男を見上げるようにして視線をやると、男は驚いたように目を見開いていた。
いったい何を驚くことがあったのか。理解できない。
俺がこんなことを聞くとは思ってもみなかったと言わんばかりの顔だが、しかし俺は男の名前さえ知らないのだ。気になったっておかしくはないだろう。
なにせ男は俺の躊躇やそう言ったことをすべて無視して俺を押し倒してきたのだから。
しかし、男から返ってきた言葉は、
「え……名乗っていませんでしたっけ?」
そんなもので。
俺は流石に苛ついた。
どうやら男は全く何もかもを失念してしまっていたらしい。あるいはとっくに名乗ったつもりにでもなっていたのか。
「聞いた覚えはないが。そもそも俺の名も知らないんじゃないのか?」
改めて身じろいで。腕の中の赤ん坊を抱え直す。
口が離れたのだろう、むずがるのを、少しばかり補助してやって、ようやく少しだけ振り返ることが出来た。
男はまた目を見開いている。
そうしていると、ひどく惚けた顔に見えるな、そう思った。
とは言え、それでもやはり物凄く俺の好みだし、かっこいいことに間違いはないのだけれども。油断したら見惚れそうだ。
気を緩めるなと自分を戒めた。
「あ……そういえば、知りません、ね……あー……すみません、私としたことが……なんてことを……」
狼狽えている。
本当に全く失念していたらしい。
俺は深く、もう一度深く溜め息を吐いた。
頭が痛い。
否、別に何かを悔やんでいたり、後悔したりまではしていないけれども、しかし。
もしやこれから自分は苦労するのではないだろうか。そうは思ったからだった。
1
お気に入りに追加
174
あなたにおすすめの小説
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった
無月陸兎
BL
ホタル祭で夜にホタルを見ながら友達に告白しようと企んでいた俺は、浮かれてムードの欠片もない山道で告白してフラれた。更には足を踏み外して崖から落ちてしまった。
そこで出会った山の主の熊さんと会い俺は熊さんの嫁になった──。
チョロくてちょっぴりおつむが弱い主人公が、ひたすら自分の旦那になった熊さん好き好きしてます。
英雄の帰還。その後に
亜桜黄身
BL
声はどこか聞き覚えがあった。記憶にあるのは今よりもっと少年らしい若々しさの残る声だったはずだが。
低くなった声がもう一度俺の名を呼ぶ。
「久し振りだ、ヨハネス。綺麗になったな」
5年振りに再会した従兄弟である男は、そう言って俺を抱き締めた。
──
相手が大切だから自分抜きで幸せになってほしい受けと受けの居ない世界では生きていけない攻めの受けが攻めから逃げようとする話。
押しが強めで人の心をあまり理解しないタイプの攻めと攻めより精神的に大人なせいでわがままが言えなくなった美人受け。
舞台はファンタジーですが魔王を倒した後の話なので剣や魔法は出てきません。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
捨て猫はエリート騎士に溺愛される
135
BL
絶賛反抗期中のヤンキーが異世界でエリート騎士に甘やかされて、飼い猫になる話。
目つきの悪い野良猫が飼い猫になって目きゅるんきゅるんの愛される存在になる感じで読んでください。
お話をうまく書けるようになったら続きを書いてみたいなって。
京也は総受け。


完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる