5 / 10
*5
しおりを挟むだから、言ってしまえば性交自体は、いずれは必要となるのはわかっていた。
わかってはいたのだが、しかし、である。
男は俺が思っている以上に行動が早かった。
そもそも、俺が赤ん坊に授乳している間に馬車は動き出していて、程なくして止まった時にも俺はまだ授乳中。多分、男の家自体先程男に声をかけられた所からそれほど離れていなかったということなのだろう。
貴族の家が多く軒を連ねる区画からほど近い場所ではあったので、何もおかしなことはない。
どうやら王宮にもそれなりに近いようであるし、そもそも男自身の見るからに多い魔力のこともある。
社交をほとんど免除されている俺は男の顔など知らなかったが、きっと高位貴族の家の者のはずだ。
それでいて男は当主、あるいは後継と見なされている者ではないのかもしれない、そうも思った。
もっともこの時点で名乗り合ってもいなかったのでわかりはしないのだが。
男は黙って俺が授乳を終えるのを待ったかと思うと、俺が何かを言う隙もないほどに素早く、俺をやはり赤子ごと抱えるように馬車から降ろすと、しかしすぐに迎えに出てきていた使用人らしき女性に俺の腕から取り上げた赤子を託すと、しかし俺のことは放さず、男の家らしき屋敷の中、否、男の私室だと思われる場所へと俺を連れ込んだのである。
そしてそのまま押し倒されて今に至る。
「あっ、あっ、あっ、ぁあっ!」
気持ちがいい。
別に嫌なわけでもない。
そもそも男に乱暴にされたわけでもなかった。ただしひたすらに性急ではあったけれども。
何より俺の戸惑いを、男は一切斟酌しなかった。
と、言うよりは、男自身それどころではない様子だったと捕らえればいいのだろうか。
男は、状況を全く自身で飲みこみきれていない俺を抵抗する隙も無いほど手際よく寝台へと押し倒し、服を寛げ始め、そして。
「え、ちょ、まっ……んんっ!」
待ってほしい。
訴えたかった言葉は、男の口の中へと吸い込まれていった。
強引なくちづけ。
だけど。
くちゅくちゅと口の中を、自分以外の誰かに舐めまわされるなんて初めての経験だった。
だけどひどく気持ちいい。
そう感じてしまったのは、そもそもが俺自身、男のことを、見惚れるほどかっこいいと、そんな風好意を抱いていたからなのだろう。
嫌悪など一切ない。
おそらく唾液と共に流し込まれた男の魔力が初めて感じる心地よさを俺にもたらし、俺は多分半ばそれに酔ってしまったのである。
気が付けば俺は身に纏っていた衣服を全て剥ぎ取られ、生れたままの姿を男の目の前に晒し、剰えあられもないところを、男にいじくられていたのだった。
つまりは股間とその先、男を受け入れる部分を、である。
俺はくちづけさえ初めてだった。
当然そんな経験なんてない。
けれども多少魔術の心得さえあれば、そう、致命的に傷つくなどということは流石にないことも幸いした。
普段はぴったりと閉じられている腹の中を探られる抵抗感と違和感。
そんなものがあるはずなのに、くちづけと男から流し込まれた魔力によって、酩酊していた俺には、ぼんやりと、半ばよくわからないままだった。
男自身が魔術を駆使したのか、あるいは何か滑りをよくするようなものを使用していたのかもしれない。
それさえよくわからないまま、俺は、
「ぁっ、ぁっ、ぁあっ! やぁっ……ぁんっ!」
そんなみっともない声で喘ぎ、男を受け入れていたのである。
男の手つきは丁寧だった、と、思う。多分。
だが、性急ではあったし、強引だったのも間違いなかった。
なにせ初めて感じる快感に眩んで、意識が半ば浮遊しているような気分を味わっている間に、信じられないような衝撃が体を貫いたかと思うと、俺は腹の奥深くへと、男を迎え入れてしまっていたのだから。
やっぱり、揺さぶられながらそんなことを思い返しても、何がどうしてこうなったのかわけがわからなかった。
子供の親になる。
そう頷いた時点で、こんな行為に近々及ぶ必要が出てくること自体は理解していたし、別に男との行為そのものに嫌悪もない。
なにせ今も気持ちいい。
ああ、本当に。ともすればすぐにも頭が惚けていきそうだ。
赤子に吸われ、減ってしまったのを補うのにあまりあるほど注がれた男の魔力。
それが今、俺の全身を満たしていて。
ああ。
人と人との交わりは、これほどまでに心地よく感じるものなのか。
そんなことを初めて知りながら、俺は揺さぶられるがまま喘ぐのみ。
そう、だからこの行為自体は別によくて、ただ問題は、そう……――。
「ぁっ、ぁああっ! ぁっ……ぅぁあっ……」
切なく喘いで、男に縋りついて。なのに口に出せる男の名さえ、いまだ知らない。
そんな、まるでついていけてない、性急さだけなのだった。
いや、だから急すぎる。
つまりそれに尽きるという話。
1
お気に入りに追加
174
あなたにおすすめの小説
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった
無月陸兎
BL
ホタル祭で夜にホタルを見ながら友達に告白しようと企んでいた俺は、浮かれてムードの欠片もない山道で告白してフラれた。更には足を踏み外して崖から落ちてしまった。
そこで出会った山の主の熊さんと会い俺は熊さんの嫁になった──。
チョロくてちょっぴりおつむが弱い主人公が、ひたすら自分の旦那になった熊さん好き好きしてます。
英雄の帰還。その後に
亜桜黄身
BL
声はどこか聞き覚えがあった。記憶にあるのは今よりもっと少年らしい若々しさの残る声だったはずだが。
低くなった声がもう一度俺の名を呼ぶ。
「久し振りだ、ヨハネス。綺麗になったな」
5年振りに再会した従兄弟である男は、そう言って俺を抱き締めた。
──
相手が大切だから自分抜きで幸せになってほしい受けと受けの居ない世界では生きていけない攻めの受けが攻めから逃げようとする話。
押しが強めで人の心をあまり理解しないタイプの攻めと攻めより精神的に大人なせいでわがままが言えなくなった美人受け。
舞台はファンタジーですが魔王を倒した後の話なので剣や魔法は出てきません。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
捨て猫はエリート騎士に溺愛される
135
BL
絶賛反抗期中のヤンキーが異世界でエリート騎士に甘やかされて、飼い猫になる話。
目つきの悪い野良猫が飼い猫になって目きゅるんきゅるんの愛される存在になる感じで読んでください。
お話をうまく書けるようになったら続きを書いてみたいなって。
京也は総受け。


完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します

【完結】下級悪魔は魔王様の役に立ちたかった
ゆう
BL
俺ウェスは幼少期に魔王様に拾われた下級悪魔だ。
生まれてすぐ人との戦いに巻き込まれ、死を待つばかりだった自分を魔王様ーーディニス様が助けてくれた。
本当なら魔王様と話すことも叶わなかった卑しい俺を、ディニス様はとても可愛がってくれた。
だがそんなディニス様も俺が成長するにつれて距離を取り冷たくなっていく。自分の醜悪な見た目が原因か、あるいは知能の低さゆえか…
どうにかしてディニス様の愛情を取り戻そうとするが上手くいかず、周りの魔族たちからも蔑まれる日々。
大好きなディニス様に冷たくされることが耐えきれず、せめて最後にもう一度微笑みかけてほしい…そう思った俺は彼のために勇者一行に挑むが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる